樋口由紀子
遥かな空に木があり補聴器を吊るす
森田栄一 (もりた・えいいち) 1925~2006
空を見上げたら、空は高く広く澄みわたり、どこまでも自由で、木ものびのびと茂っている。「吊ってある」のではなく、「吊るす」だから、自分の意思で吊ったのだろう。「遥かな」だから空想かもしれない。補聴器を一刻外してみたくなった。補聴器には感謝している。おかげで日常生活を支障なく過ごすことができる。だから、日頃の感謝を込めて、補聴器も耳も自由にして、風に揺れる。しばし、私も現実から解放する。それほど解放感のある気候だったのだ。
空があり、木があり、そこに補聴器、一枚の絵画を見ているようだ。補聴器は異質だが、それだから個性的である。作者は絵画も玄人はだしだったから、余計にそう思ったのかもしれない。〈パンで消す真っ黒に消す 自画像〉〈ダダ発の宇宙行きの鈍行列車〉〈鳥の骨格多くの言葉知っている〉〈穴が掘れたらマニュアル通り死ねるかな〉
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