相子智恵
冬ざくら音なく沖のたかぶれる 南うみを
句集『凡海』(2020.9 ふらんす堂)所載
冬が立った。これから冬の句を楽しもうと思う。
掲句、美しい句だ。〈冬桜〉は冬に咲く種類の桜で、山桜と富士桜の雑種といわれる。海辺の近景に〈冬桜〉、遠く沖に目をやれば白波が立っているのだろう。沖の波が高ぶっているのがわかる。きっとその波は、やがて浜にも寄せることになるのだろうが、沖だから今はその高い波音は聞こえず、〈音なく〉も納得である。
もちろん浜に寄せている波の音の方は、海からの距離にもよるが微かにでも聞こえているはずで、それは沖ほどにはまだ荒れてはいないのだろう。ここでは〈音なく〉と沖の波の無音を選び取ったことで、読者には静寂が訪れる。
冬桜の白色と、沖の高ぶる白波の色が響きあって美しい。平仮名を効果的に使ってゆったりと静かに読ませながら、それでいてK音の繰り返しに静かな緊張感がある。平穏と不穏のあわいに冬の海らしさを感じる見事な風景句だと思う。
句集名の『凡海』は「おおしあま」と読む。作者が住む若狭の海の古名であるということだ。
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