2015年3月25日水曜日

●水曜日の一句〔森島裕雄〕関悦史



関悦史








レジ台をぶち壊す刻冬の雁  森島裕雄


書店を経営していた作者が店をたたまざるを得なくなり、店の解体工事が始まったときの句。

この句の前後には〈シャッター閉づ冬満月に貫かれ〉〈冬薔薇の棘太かりき閉店す〉〈解体の書棚直立冬木立〉〈レジ台に電動鋸の刃入りぬ寒〉といった句が並ぶ。小なりといえども一つの滅亡である。

文字通り身を切られるような痛みを具体的に詠んでいるという点では〈レジ台に電動鋸の刃入りぬ寒〉の方が踏み込んでいるが、それだけに余裕がなく、「寒」がほぼ心情の直接説明になっている(それしか付けようがないとはいえ)。

掲出句は、下五が「冬の雁」で、空から俯瞰する客観性を伴いつつ《花鳥》が入り、また「刻」の一字にも、いずれ来るとはわかっていた避けようのない事態がついに来たという宿命観のような認識が宿っている。

人の力では如何ともしがたい大きな流れのなかで迎えた破滅の相としてレジ台はぶち壊され、語り手はその局面に立ち会わなければならない。《花鳥》による救いが入っているようでありながら、それはほとんど放心や意識の空白に近い。語り手の心情とは無関係に、必然としてレジ台はぶち壊されるのだ。

「ぶち壊す」という俗語的な表現が、語り手の絶望や憤懣を担う(作者の事情を知らずとも「冬の雁」からは喜んで破壊衝動に身を任せているという読み方は出て来ない。解体業者の立場で詠んでいるという読み方もありうるが、その場合はルーティンワークであり「ぶち壊す」などと力む必要はない)。

「ぶち」がなかった場合、冷厳さや客観性は増すかもしれないが、その後語り手が再起できそうにない雰囲気も出てくる。ちなみに作者の森島氏はこの後50代で営業マンに身を転じ、60代で住宅設備の会社を企業することになる。


句集『みどり書房』(2015.3 金雀枝舎)所収。

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