2019年2月2日土曜日

●土曜日の読書〔巣〕小津夜景




小津夜景










シニョンを編むのがとても上手い友人がいる。

ふだんは洗いざらしなのだけれど、そうした状況になると、心ここにあらずの表情で髪の毛をわしゃわしゃっと掻き回し、乱れているようでいて実はととのった鳥の巣っぽい造形に一瞬で仕上げてしまうのだ。

鳥の巣シニョンを編むには、器用さのほかに毛質も重要だ。友人の髪の毛は目にうねり、触れると平らで、繭糸のようにやわらかい。 

シャーロン・ビールズ鳥の巣 50個の巣と50種の鳥たち』(グラフィック社)はその副題のとおり、ほんものの鳥の巣と卵の写真に、それぞれの鳥のイラストが添えられた写真集で、鳥そのものを観察するよりもその素顔が生々しく伝わってくる。

巣の造形は、鳥ごとに、豊かな違いがある。そしてどれも独特で、無造作で、優雅だ。ある鳥は枝を使ってラフな土台をこしらえたあと花や葉を飾り、その上から蜘蛛の糸をつかって苔や地衣を固定する。またある鳥は木のうろに、またある鳥は貝殻で海辺に巣をつくる。

巣の中には卵だけでなく、死んでしまった雛もいた。英語に〈ゆりかごから墓場まで〉という表現があるけれど、飛べなかった雛は、生まれた巣がそのまま柩となるのだった。

実はこの本とは最初英語版で出会い、一瞬で気に入ったのだけれど、ずっと英語がよくわからないままだった。でも本を開くたびに、鳥の習性も正確に知りたいし、巣の造営についての解説も読みたいしと、だんだん我慢ができなくなって、去年日本語版を取り寄せてしまった。そして、そのおかげで博物学者スコット・ヴァイデンソウルの、丸ごと素晴らしいこんな序文を読むことができたのだった。
僕が子供の頃、母はブロンドの髪を腰にかかるくらい長くのばしていた。春、そして夏の夕暮れ時になると、裏庭のポーチに座って、鳥のさえずりに囲まれながら、その長い髪を丁寧にとかしていた。そしてとかし終わると、ブラシについた長さ1メートルほどの薄い色の髪をとり、ポーチの階段のかたわらの格子に伸びるバラの茂みにそっと置いていた。それからしばらくして、僕はこの鳥のことを調べるようになり、近所に生育する、ほとんどのチャガシラヒメドリがーーここ、アメリカでは馬のたてがみをつかって巣を作ることで知られている鳥なのだけれどーー母の髪で美しく編んだ金色の器の中に卵を産んでいるのを見つけた。
長い髪を梳く母と鳥の巣の小さな秘密が一体となった、とても素敵な思い出。鳥を追いかける生涯を、こうした美しい起源から始めるのは、なかなかの幸運だと思う。


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