西鶴ざんまい #88
浅沼璞
朝食過の櫃川の橋 打越
老の浪子ないものと立詫て 前句
儒の眼より妾女追出す 付句(通算70句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】
三ノ折・裏6句目。 恋=妾女(てかけ)。めかけ。 儒の眼(じゆのまなこ)=儒教的な見地。 ※〈上の儒の音に応対して、セウヂョと訓むのではあるまいか〉(訳註西鶴全集)
【句意】
儒教的な見方によって(子のできない)妾を家から追い出す。
※当時は独身でも妾を雇った。〈独り寝覚のさびしきに、此の夏より妾女を尋ねける〉(武道伝来記)。
【付け・転じ】
前句の老いた乞食を、妾女を雇う親爺に見替え、その不妊を詫びる態として転じた。
【自註】
年ひさしく*道者㒵して見台に眼をさらし、儒書の**口談などして、中/\物がたき親仁、「子孫のなき事、***先生のをしへに叶はず」迚(とて)、子のない姿を見定め、ひとりの女を暇(いとま)遣はしける付けかた也。
*道者㒵(みちしやがほ)=専門家のような顔付。 **口談(こうだん)=〈「講談」の誤か〉(定本西鶴全集)。 ***先生=〈「先聖」の誤か〉(定本西鶴全集)。
【意訳】
年月久しく専門家ヅラして書見台を控え、儒教本の講談などして、なかなか厳格な親爺、「子孫のないことは先達の教えにかなわない」とて、子ができない様子を見極め、ひとりの妾に暇を出した付け方である。
【三工程】
(前句)老の浪子ないものと立詫て
道者㒵して妾女見定め 〔見込〕
↓
儒書の教へに叶はぬ妾女 〔趣向〕
↓
儒の眼より妾女追出す 〔句作〕
前句の老いた乞食を、妾女を雇う親爺に見替え、その女を見定めているとし〔見込〕、〈妾女の不妊をどのように考えているか〉と問うて、「儒の教えに則さない」とし〔趣向〕、儒教的見地から「妾に暇をやる」とした〔句作〕。
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これまでの自註でも〈かたい親仁〉というのが何回か出てきましたね。
「そうやったか、またよう調べはるな」
はい、オモテ8句目〈子供に懲らす窓の雪の夜〉の自註にはスパルタ教育をする「かたい親仁」、つまり厳格な教育パパ(意訳では「親父」)が登場。
二ウラ3句目〈和七賢仲間あそびの豊か也〉の自註では唐土の「かたい親仁ども」、つまり中国の厳格な賢人(意訳では「親爺」)たちが描かれています。
「そうか、知らんうちに作者の人柄がでてしまうんやな」
えっ? 厳格、ですか……。
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