ホトトギス雑詠選抄〔17〕
夏の部(五月)五月・上
猫髭 (文・写真)
巴里子の五月の歌の花はリラ 池内友次郎 昭和13年(巴里)
今年のGWは40年ぶりの好天だったそうで、わたくしの郷里那珂湊も先月の一寒一温が嘘のように真夏日が続いた。廃線を2年前に免れた湊線は無人駅の水田の中を走ったが、花冷えの影響で苗が育たず、例年はGW中に済ます田植も今年はずれ込むと聞いた。我が家の前の荒地には一八が咲き乱れ、白い花弁から暑さに喘いで舌を出す犬のように黄色い蘂を垂らしていた。夕暮になると夥しい数の蝙蝠が空を乱舞する。滅びゆく湊町で、蝙蝠たちは朽ちかけた網元の倉に巣食って50年前と同じ姿を見せる。
リラ(Lilas)はマロニエと並ぶフランスの代表的な花。英語ではライラック(Lilac)で、リラはフランス語である。虚子の『新歳時記』には四月の季題として「ライラツク」を挙げ、「紫丁香花(むらさきはしどい)ともいふ。観賞用として庭園に培養される。大きな円錐花序に四裂筒状淡紫色の小花を綴る。香気が強く、香水の原料となる。リラの花」と解説しており、春の花である。「ホトトギス雑詠選集」のライラックの選句がまた実に魅力的。
うしろより縋り匂ひぬライラック 広瀬盆城 昭和7年(平壌)
騎士の鞭ふれてこぼるゝライラック スコット沼蘋女(しょうひんじょ) 昭和8年(ヴィクトリア)
懐かしき名なりしフリダリラのこと 池内友次郎 昭和11年(巴里)
舞姫はリラの花より濃くにほふ 山口青邨 昭和12年(伯林)
友次郎の詠んだ「フリダリラ」とは、ドイツ語で接骨木(にわとこ)を意味し、リラの意味もあるフリーダー(Flieder)の発音に近いが、そうは発音出来ないように思うが、「ライラック」として虚子は選をしている。
掲出句に出て来る歌はパリっ子が歌うから、勿論シャンソンである。実は、宝塚のテーマ・ソング「すみれの花咲く頃」がその歌である。サビの部分が「すみれの花咲く頃 始めて君を知りぬ 君を思い 日ごと夜ごと 悩みしあの日の頃 すみれの花咲く頃」と明るく甘いメロディを持つシャンソンであり、「白いリラの花咲く頃」(Quand Refleuriront Les Lilas Blancs)が掲出句の本歌である。したがって「リラの花の咲く頃」と歌えば、意味は本歌通りになり、友次郎の句のリズムと響き合う。
ところが、このシャンソンにも本歌がある。
和泉晃一「草木名の話」と二木紘三の「うた物語」に寄れば、昭和3年、オーストリアで「白いニワトコがまた咲く頃」(Wenn der weiße Flieder wieder blüht)という歌が流行った。フランツ・レーデの作曲である。翌年、これが、ウィーンからパリへと流行が移り、カジノ・ド・パリのレビューで「白いリラがまた咲く頃」(Quand refleuriront les lilas blancs)というシャンソンへ編曲され演奏された。ニワトコがリラへと置き換えられたのである。昭和5年、パリ留学を終えた新進の演出家・白井鉄造は、最新流行のシャンソンを帰国土産に持ち帰り、「すみれの花咲く頃」と装いをあらため、宝塚少女歌劇団のレビュー「パリゼット」の主題歌として上演し、これが大ヒットして、宝塚のシンボル・ソングとなり、日本でシャンソンが受け入れられる嚆矢ともなった。
友次郎は昭和3年から10年間フランスに滞在しているから、このシャンソンの経緯をすべて実体験として知っている事になる。オリジナルの歌はドイツ映画にもなったが、友次郎は映画もレビューも見ていると思われる。「懐かしき名なりしフリダリラのこと」には友次郎のそういう思いがあったのかもしれない。
(明日につづく)
2 件のコメント:
>友次郎の詠んだ「フリダリラ」とは、ドイツ語で接骨木(にわとこ)を意味し、リラの意味もあるフリーダー(Flieder)の発音に近いが、そうは発音出来ないように思うが、・・・
「懐かしき名」がどこに掛かるか悩んだ句ですが、「フリダ・リラ」と音節が分かれていて、「フリダ」がフランスのリラの花の品種か名産地かと調べたけれど見当たらず、フランス語のわかる句友に確認したところ、「Lilas」だけでリラの花を指すところを「La fleur de la Lilas」(ラ フルール ドゥ ラ リラ)というくどい言い方がフランス語にあるかどうかわからないが、Laを落として「フルール・ドゥ・ラ・リラ」→「フリダリラ」と言ったのでは無いかと、アドバイスあり。「ギョエテとはおれのことかとゲーテいひ」の類ですね。外来語は空耳アワーになりますわい。
「懐かしき名なりしリラの花のこと」でいいのか、「フリダ」リラ関連で特別な意味があるのか、にどなたか御助言をいただければ幸いです。 猫髭拝
わかった!!!(金田一耕助に出てくる加藤武演ずる等々力警部みたいじゃね)【友次郎の詠んだ「フリダリラ」とは、ドイツ語で接骨木(にわとこ)を意味し、リラの意味もあるフリーダー(Flieder)の発音に近いが】+「リラ」(フランス語)で、「フリダ(ドイツ語)・リラ(フランス語)」ではないかい、皆の衆。
友次郎には「パリの月ベルリンの月春の旅」という句もあるから。
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