ホトトギス雑詠選抄〔20〕
夏の部(五月)麦・上
猫髭 (文・写真)
紙の様な月が出てをり麦の秋 岡康之 昭和8年
「紙の様な月」というとナット・キング・コールの往年のヒット曲「It's Only a Paper Moon」(1935年)を思い出す。この歌を主題歌にしたライアンとテイタムのオニール親子の演じたピーター・ボグダノビッチ監督の白黒映画「ペーパー・ムーン」(1973年)も思い出す。そうすると三日月にまたがっているオニール親子のポスターを思い出して、この「紙の様な月」は腰掛けられる三日月だと思うだろうが、当時の月齢はわからないが、三日月ではないように思える。
昨夜は那珂湊は小雨が降って月は出なかったが、今朝は快晴。そして今宵は五月唯一の満月なので、五月も末の月は当時も今もそれほどのずれはないように思うので、吉行淳之介の小説『星と月は天の穴』ではないが、今宵はぺらっとした天のカーボン紙に開いた丸い穴ということになる。
朧なる春高楼の月でもなく、秋のひときわ澄んで煌々と照り輝き豊穣の証しとして供え物をする中秋の名月でもなく、青白く小さく凄惨なほどしんしんと月光すら凍てつく冬の月でもなく、はつなつの五月の月を紙の様に薄っぺらな切絵細工のような芝居の書割のように見立てたのが面白い趣向の句である。風渡る芭蕉の葉の上ではなく、「麦の秋」の上であることが、月と秋の対比で、まるで秋の月の書割であるように見える趣向が、これは企みではなく、あるがままに感じたがゆえに「軽み」のある句にもなっている。
秋の月の書割というと、やはり三日月ではないが、掲出句が詠まれた昭和8年は西暦1933年ということに気づいた。It's Only a Paper Moonという歌は、ミュージカルの挿入歌で、ミュージカル自体はヒットしなかったが、この歌が1933年に映画『テイク・ア・チャンス』でジーン・ナイトとバディ・ロジャーズが、
I never feel a thing is real
When I’m away from you
Out of your embrace
The world’s a temporary parking place
というヴァース(歌に入る前の前置きの韻文で「スターダスト」のverseが最も有名)から歌ってヒットし、ナット・キング・コールのヒットにもつながるわけである。「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」も素敵なヴァースを持つが、ミュージカルは忘れられたが、この歌だけは2月14日になると世界中で歌われて残るように、ミュージカルから生まれたスタンダードは枚挙に暇がない。
普通「ペーパームーン」というと、映画「月世界旅行」(1902年)で三日月に座る月の女神がヒットし、そのお陰で三日月に腰掛けて写真を撮ること自体が「楽しい思い出」ということになるが、この映画での月は満月で、二人が乗るのはベニスのゴンドラという趣向で、確かにゴンドラは三日月の形をしているという洒落が効いている。勿論最後はゴンドラの中のキスシーンで、これは「007ロシアより愛をこめて」のラストシーンでもお約束のように出て来る「ペーパームーン」の定番となっている。
作者の岡康之がハイカラな人で、当時のアメリカの流行歌を知っていたとしたら、掲出句の月は、実際には満月だとしても、軽快で楽しいラブソングの三日月が重なるようで楽しい。
Say, its only a paper moon
Sailing over a cardboard sea
But it wouldn’t be make-believe
If you believed in me
写真は、わたくしの郷里ひたちなか市の阿字ヶ浦の海浜公園から那珂湊の間に広がる麦畑である。麦畑の彼方の防風林の向こうは海である。麦畑の畦を雲雀が歩いていた。
岡康之(おか・やすゆき)は虚子の『五百句』に、「御室田に法師姿の案山子かな」に「昭和三年十月二十三日。洛西、岡康之の岳父石井氏邸にて」とあるので、親子で虚子ゆかりの俳人と思われるが、詳細不明。京都の俳人で、インターネットで調べた限りの句は下記の一句のみ。
ふところに山を鎮めの蓴池
(明日につづく)
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