2014年3月19日水曜日

●水曜日の一句〔田中百榮〕関悦史



関悦史








ふいに出て真昼の影をひく蜥蜴   田中百榮

一句の肝になるのは「真昼の影」だろう。

蜥蜴の不意の出現は、まずくっきりした影の出現として見てとられ、そこから真昼の日差しの鮮烈さが浮き上がる。

「影をひく」も間然するところがない。

「影をもつ」でも「影のある」でもない「ひく」によって影は軟体とも液体ともつかない奇妙な実在感を帯び、それと反比例するかのように蜥蜴は非実体感をまとう。そして両者が不即不離のまましなやかに地を這うこととなり、観念臭はほとんどないにもかかわらず、抽象的な生気そのものが肉体を得たかのような、存在論的な何かをかすめた句となっている(強いていえば「真昼」が観念への扉にはなるのだろうが)。

「ふいに出て」きたのは、影と実体との違いについて、深い惑乱へと誘い込むなめらかな亀裂そのものなのだ。


句集『夢前川』(2014.3 ふらんす堂)所収。

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