樋口由紀子
長靴の中で一ぴき蚊が暮し
須崎豆秋 (すざき・とうしゅう) 1892~1961
一気に寒くなった。こんなに寒いのに先日台所に蚊が一ぴき弱弱しく、けなげに飛んでいた。どうするつもりなのだろうと思った。掲句も長靴に蚊がいるなんて思わなかったのだろう。長靴を履こうと足をいれようとしたら、一ぴきの蚊が飛び出してきた。その驚きが一句になった。「一ぴき」という限定がいい。
「長靴」もいい。蚊がいそうなところを思い浮かべると水たまりとか茂みとかだが、長靴は言われてはじめて、確かに蚊がいそうだと思った。すぐ思い浮かぶ、あたりまえのところだとおもしろくない。かといって、ありえない、とんでもないところだとリアリティがなく、絵空事になってしまう。そのちょうどいいポイントが「長靴」のような気がする。「暮し」もいい。蚊にあたたかいまなざし感じる。モノとの距離の取り方がうまい。
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