2019年8月10日土曜日

●土曜日の読書〔未来から来た人々〕小津夜景



小津夜景








未来から来た人々

仕事から帰ってきて、共同玄関の郵便受けをのぞきこむと、voyanceと書かれたチラシが入っていた。

フランス語のチラシにvoyanceとあったら、それは間違いなく透視術の宣伝である。透視術のチラシはだいたい月2、3枚ポスティングされている。この種のことに興味のない私には完全に未知の世界だ。

というようなことを、いつだったか知人に話した。するとその知人は占い好きだったようでフランスの占い師事情についてあれこれ教えてくれた。まず彼らのほとんどが女性で、残りの男性はおおむねホモセクシュアルである。新聞や雑誌に広告を出し、事務所を構え、時には秘書も抱えている。料金は50ユーロから100ユーロくらい。うんぬん。

「透視の道具はなんなの。水晶かタロット?」
「そうね。あとは手相とか。そうだ、カフェドマンシーってのもあるよ」
「ん?」
「café・do・mancie。コーヒーの飲み残しから運勢を判断するの」

なんと。それは茶柱的なものなのか。文化人類学的な興味が湧いて、知人と別れてから本屋に寄って調べてみた。
この風変わりな透視のメディアは、現代ではフランスの占い師の間で使われることはまれである。大流行したのはベル・エポックの頃で、今ではほとんどかえりみられない。その起源はおそらく十八世紀の終わりであろう。この占い術に関する最初の文章は、フィレンツェの占い師、トマス・タンポネッリによって書かれている。実際にこのメディアを使う場合には二通りのやり方がある。(ジョゼフ&アニク・デスアール『透視術――予言と占いの歴史』白水社)
 この二通りのやり方というのは、(1)よく水を切ったコーヒーの出しがらをソーサーにあけ、数回ゆすって広げる。あるいは、(2)カップの中のコーヒーを少しだけ残し、ひっくり返してソーサーにかぶせる。こうして生まれた模様の形からメッセージを読み取るのだ。他にも卵の白身占いや、インクの染み占い、水中の気泡占いなど、昔の占い師はありとあらゆる現象から未来を読み取ってきたらしい。ふうむ。

私は郵便受けに入っていたチラシを二つに折ると、共同玄関のゴミ箱に捨てた。そういえばフランス人は、デジャ・ヴェキュ(すでに体験した)とかデジャ・ヴュ(すでに見た)といった表現が好きだ。もしかすると彼らが未来に興味があるのは、実は自分がその未来からやってきた証拠が欲しいからなのかもしれない。


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