2023年5月17日水曜日

西鶴ざんまい 番外篇14 浅沼璞


西鶴ざんまい 番外篇14
 
浅沼璞
 

近世文学研究者にして時代小説家の中嶋隆氏が、近ごろ西鶴に関する著作を二冊つづけて刊行されました。五月の連休にやっと通読しましたので、遅ればせながらご紹介します。

 
まずは『西鶴『誹諧独吟一日千句』研究と註解』(文学通信)。
 
幼馴染の愛妻を若くして亡くした西鶴が、その追善のために上梓した『誹諧独吟一日千句』。「矢数俳諧」の先蹤として評価されるその俳諧集を、研究編と註解編の二部構成で第五百韻まで読み解いた貴重な一冊です。
 
まず研究編では芭蕉『冬の日』歌仙との比較論が目をひきます。
 
〈漢詩文を取り入れた「虚栗調」を模索した時期の芭蕉が、遣り句で多用される西鶴の「小説的」心付けやそれに類似した談林の付合技法を、「疎句誹諧」に転化したとは考えられないだろうか〉という問題提起のあと、〈ただし、「無心所着」を排する芭蕉は、西鶴のように、一句に複数のコンテクストを取合わせることをしなかった〉と分析し、返す刀でこう述べます。
 
〈「無心所着の大笑い」に収斂する西鶴の小説的俳諧は、『冬の日』より多彩だが、虚構のコンテクストに美意識を追求した『冬の日』の詩性を持つことはなかった〉と。
 
かつて廣末保先生や乾裕幸氏が試み、今はあまり顧みられなくなってしまった芭蕉VS西鶴の相対的な視点がここに継承されているといっていいでしょう。

註解編では【句意】【注】【付合】【鑑賞】という立項のもと、たんねんに作品がたどられ、ときに〈複数のコンテクスト〉が浮かびあがります。


 
つぎに『好色一代男』(光文社)。
 
これは「古典新訳文庫」の一冊で、日ごろ西鶴自註の意訳に苦しんでいる身には刺激的なテキストと言えます。
 
「訳者あとがき」で著者は忌憚なく、こう吐露しています。
 
〈そもそも、「曲流文」といわれる、主述が呼応しない文章や、地の文と会話文とが不分明な『好色一代男』の叙述を、現代語訳になおすことは至難で、原文のもつ「味」をどれだけ現代文に移せるかが、私の課題だった〉
 
かつて同じく現代語訳に挑んだ吉行淳之介氏も、〈西鶴の文体は俳諧連歌のものだから、これを生かすと混乱するばかりなので、私自身の文体を多少修正したものにこの作品を引摺りこむほか手口はなかった〉(中公文庫「あとがき」)と吐露しており、通底するところがありそうです。
 
中嶋訳と吉行訳、読み比べてみるのも一興かもしれません。
 
なお通時的かつ共時的な「解説」も併載されているのですが、『伊勢物語』「芥川」をパロッた『一代男』巻四について―― 〈この話を初めて読んだ学生のとき、アメリカ映画「俺たちに明日はない」の銀行強盗ボニーとクラウドを連想した。(中略)強盗の恋愛、すてきではないか〉とあり、共感を禁じ得ませんでした。
 
そのほか本書にはクイズ形式の付録もあり、読者を飽きさせない構成となっています。

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