2024年10月11日金曜日

●金曜日の川柳〔楢崎進弘〕樋口由紀子



樋口由紀子





行きずりのひとに豆腐を渡される

楢崎進弘(ならざき・のぶひろ)1942~

「行きずりのひと」とは通りすがりの、単にすれ違っただけで、見知らぬひとであるが、「行きずり」の言葉に読者はまず引っ張られる。そのひとに「豆腐」を渡される。まさに想定外。あっけにとられて、立ちつくすしかない。

〈行きずりのひとに○○を渡される〉の○○にさて何を入れるか。「手帳」とか「花束」だと物語がスタートする。しかし、それではありきたりでおもしろくもなんともない。抽象的な言葉を入れるとのポエムっぽくなるがそれもそれである。ここはどうでもいい、どこにでもある「豆腐」である。しかし、この「豆腐」によって、一瞬日常とは違う世界のどこかに連れていかれたような気分になり、日常との奇妙なずれが生じる。川柳は芸だとつくづく思う。「満天の星」(第5号 2024年刊)収録。

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