2011年3月30日水曜日

●熊本電停めぐり10 田崎橋(たさきばし)・下

熊本電停めぐり 第10回 田崎橋(たさきばし)・下

中山宙虫


3月1日に熊本市交通局は市電の路線名と電停の名前をリニューアルした。
これまで、2号線と3号線と表示していた運転系統をA系統とB系統とした。
A系統はこの田崎橋から建軍町までの路線。
B系統は第9回までに紹介した上熊本~建軍町までの路線。
電停にナンバリングがされて、この田崎橋が1番となっている。
なお、既に紹介済みのB系統の電停のうち「本妙寺前」の電停は「本妙寺入口」と改名されている。
そして、3月12日(土)。
静かに九州新幹線は博多から鹿児島中央駅まで全線開通。
前日の11日の未曾有の大震災が東北関東地方を襲ったため、九州新幹線の開通イベントは軒並み中止となって静かな開業スタートとなった。



さて、「田崎橋」電停は、もちろんここから先は線路がない。
駅前の再開発で道路のど真ん中にあった線路が鉄道側に移設し、軌道には芝生を敷き、緑化とともに都市熱の抑制を目指している。
緑化は駅前までと市役所前あたりの二か所されている。



さて、再びこの電停から終点建軍町を目指すとするか。

次の電停は「二本木口」

2011年3月29日火曜日

●熊本電停めぐり10 田崎橋(たさきばし)・上

熊本電停めぐり 第10回 田崎橋(たさきばし)・上

中山宙虫


A系統 田崎橋・熊本駅前~健軍町の1番目の電停。




3月22日(火)
16時。
熊本は、昨日開花宣言。
この田崎橋電停から徒歩5分のところにある熊本市立古町小学校の桜が開花宣言の標準木になっている。


実は、九州新幹線の開通(3月12日)に合わせて駅周辺の再開発で国の合同庁舎がこの電停の前に移転してきた。
熊本地方気象台もこの合同庁舎に入居したため、いままで気象台のなかにあった標準木の桜が使えなくなり、今年からここの桜を標準木としたのだ。
写真の中央に田崎橋電停。
左のビルが熊本地方合同庁舎。


熊本駅を中心にして再開発が進む熊本駅前だが、写真の坪井川を挟んで古い街並みが広がっている。
この坪井川にかかるのが田崎橋。


この周辺にはなぜか石仏や地蔵がとても多く、路地ごとにぶつかる感じがする。
そのひとつが放牛石仏。
放牛というひとが少年時代に武士に無礼打ちされた父を偲んで全部で107体の石仏を建立したというもの。
享保時代(1970年代)のもの。
写真はそのうちの30体目と39体目の石仏である。
田崎橋のたもとにある。


(明日に続く)

2011年3月28日月曜日

〔今週号の表紙〕第205号 団地

今週号の表紙〕
第205号 団地



撮影場所は東京・国立市の富士見台団地。

  西日吸ひきつて団地の美味さうな  上田信治


(西原天気)

2011年3月27日日曜日

●週刊俳句・第204号を読む 小林苑を

週刊俳句・第204号を読む

小林苑を

渦中にあるとき、生き延びるためにもがいたり、息を止めたり、或いは激しく吸ったりする。
いったん広がった渦は次第に輪を小さくしながら収束する。
渦中にあるとき、わたしたちは言葉を失う。それから、誰かが語り始め、それぞれが語り始める。

第204号は、東日本大震災直後の第203号「非常事態号」のあとの、最初の週刊俳句として記憶されるだろう。
それは語り始めのひとつで(大震災以前の稿も含まれているだろうが)、語り始められた言葉は、受け止められて広がる。受け止めたひとりとして、これからどんな言葉が生まれてくるのかを思う。

恐怖や不安の前で、ひとは強張り緊張する。だからこそ、柔軟でありたい。小さなおどけやユーモアを大切にしたい。すぐにできなくても、柔らかく受け止めようとしたい。ときには、沈黙に耳を傾けたい。しっかり聞いているかと、自分に問いかけよう。それから、ぼそぼそと語り始めるのかもしれない。

いまも、わたしたちが平常な生活を取り戻せたとは言えない。まだ渦中にある。むろん、渦のどこにいるかで大きく違うし、昨日と今日とでも違う。
まだ「いつも」の生活は取り戻せないし、このあと別の「いつも」の生活が始まるのかもしれない。

なにかひとつ、第204号の記事からと言うのなら、野口裕氏の「林田紀音夫全句集拾読156」を挙げたい。
後記で生駒大祐氏もふれているが、阪神淡路大震災に遭遇したおりの句群。
被災の場にあった句はやはり深く落ちて来る。けれども、ひとはそれぞれの場で思いを書くのだ。同時に、それぞれの場に思いを馳せる。

もう少し、さらにもう少し、時間が過ぎてから、たとえば週刊俳句第204号を読み直してみたい。
どんな風に語り始められ、それからどうなったかを知るために。
最初は静かに、呟くように。たぶん近しい者たちに向けて、次第に遠くへ。
そして言葉は熟し、あらたな語り部(それは個人ではないかもしれない)が顕れるのだろう。

2011年3月26日土曜日

●ためふん 橋本直

ためふん

橋本 直


蕪村の俳句に、

  公達に狐化けたり宵の春

という、わりと知られた句がある。もう一つ、

  戸を叩く狸と秋を惜みけり

という句もある。前者は一目して全くの知的操作だとわかる句だが、後者の方はどうだろう。同様に空想のようではある。野生の狸は人里近くにいても気づかれないくらい警戒心が強いから、実際に半野良の猫みたく人家に近づいて鳴いたり、窓やドアにすりよるなんてことはありえないだろう。しかし狐の方とは違って、空想というよりは、お腹の出たお友達がやってきたのを喩えたようにも見えるし、そのほうが滑稽。

ところで、この句を調べるついでに狸が気になって調べると、タヌキの習性に「ためふん」なるものが。

もう何年も前、雪が解けたばかりの戸隠の森の道をあるいていたときに、人間なら十人分ぐらいありそうなのが木の根元に積み上げられていた(あ、あきらかに人のではないですよ)。なんのふんだろう、まさか寝起きの熊じゃねえべ、とか思っていたのだが、その時は地元の人に聞いても分からずじまい。ため糞はニホンカモシカもやるらしいが、場所柄どうやら狸だった模様。ただ、形状が違うので、雪でふやけたとみるべきか。あるいは、やはり熊だったかなあ。



ところで、狸汁。

「狸汁は普通皮を剥ぎ採った後、腹を割き料理し、蒟蒻、牛蒡、里芋、大根、葱などの野菜を添えて、味噌汁、または醤油汁としたものである。人を誑かすという小賢い狸、腹鼓を打つ狸を思うとユーモラスである」(編集代表富安風生「俳句歳事記」冬の部は山口青邨編 昭和三四年初版)

この解説すごい。たんたんとした描写で、皮をはぎ取り腹を割き汁にしたものが人を誑かし腹鼓をうつ狸だと思えばユーモラスだと言い切っている。なんちゅうか、シュールな。

狸はふつうまずいが、冬になるとうまくなって汁で食うのだとか。いまでも食うのかな。これまで熊と猪と鹿と雉子と鴨(ついでに言えばトドにアザラシにハトにカエル)は食したことがあるが、狸はまだない。主に「ホトトギス」の作家でまとめたみたいだけど、だれだろこれ書いたの。狸汁好きそうだな、その人。

ところで狸は近代になって季語になったもの。子規は季語として使っていませんね。