2011年5月31日火曜日

〔今週号の表紙〕第214号

今週号の表紙〕第214号



雨粒に映った像は、逆さまになるんですね。そんなこととっくにご存じですよね?


(西原天気)

2011年5月30日月曜日

●月曜日の一句 相子智恵


相子智恵








遺品みな雪の樹間のごとくかな
   川口真理


『静かな場所』第6号(2011年5月15日発行)「雪の樹間」より。

一面を圧倒的に覆い尽くす平原の雪ではなく、林中の雪。さっと日が差して輝いた雪の上には、木々の影が落ちている。時々は、木の枝からどさりと雪が落ちて、粉雪が舞い上がる。樹間の雪には、平原の雪よりも豊かな表情がある。それでいて誰も立ち入ることのない静けさと安らかさがある。遺品の喩えとして、この上なく美しい。

私は以前から飯田龍太の「雪の日暮れはいくたびも読む文のごとし」を愛唱しているのだけれど、川口氏の句にも同様の懐かしさがある。それはきっと、一面ただ真っ白な雪では生まれない懐かしさなのだ。川口氏の句は木の影が、龍太の句は日暮れが、雪の白さをただの白にしてしまわない慎みが、懐かしさを生んでいるのではないか。

2011年5月29日日曜日

●週刊俳句・第213号を読む 小川楓子

週刊俳句・第213号を読む
バナナジュースを飲みながら

小川楓子


週刊俳句時評第32回
「それは本当にあなたの言葉なんですか」を受けて

先日、半年振りに下北沢でNさんに会った。少し遅れて着いたわたしを、改札の柱に寄りかかって翻訳の作業をしながら待っていてくれたようだ。普段と変わらず快活なNさんに、「震災は創作活動に影響を与えていますか?」といきなり聞いてみた。Nさんは、「最近あまり集中できない感じがする。能率が上がらないし、落ち込んでいるのかも。」と答えた。Nさんは、小説、翻訳、音楽など多方面に渡って活躍し、そんな多忙な日々を、いつもクールにこなしているように見受けられる。そんなNさんでさえ、この度の震災に際して影響を受けていることに、わたしは少し驚いた。

焼き魚定食でお腹を満たし、古着屋さんを何軒かのぞく。わたしは、生まれて初めて下北沢に来たものだから見るものすべてがめずらしい。昭和の香りのするワンピースや食器棚の傍に立つと、自分が生まれていない時代のものさえも懐かしく思えてくる。最近、懐かしい人や物の傍に居たい気分になることが多いのは、震災の影響だろうか。歩きつかれて、立ち寄ったカフェで、Nさんはコーヒー、わたしはバナナジュースを注文した。メニューにバナナジュースがあるとつい、朝バナナを食べてきたのに、なぜか注文してしまから不思議だ。

わたしは再び、震災に係わる質問を投げかけてみた。「今回の震災は作品に影響を与えていますか?」と。Nさんは、東北出身である。和合亮一さんの「詩の礫」等ツイッターにおける、震災関連の動向にも詳しい。「震災を機に物の見方も詩のスタイルも変わった」という和合さんの発言が、印象的であったために、わたしはNさんからも「影響を与えている。」という答えが返ってくるものと思っていた。

Nさんは、少し怒ったような口調で噛み締めるように答えた。

「二十歳以上の作家で、この震災により作品に影響を受けたとするならば、それはその人の作家としての覚悟が足りなかったのだろう。僕は、かつて家族と死別して以来、どんなことがあろうとも、揺らぐことのない作品を作ろうと意識してきた。」

Nさんは、未熟なわたしに作家としての覚悟を伝えながら、半ば自らを鼓舞するようでもあった。どんなことが起こったとしても、それに耐えうる作品をわたしは作って来ただろうか。否、これから作ってゆくことができるだろうか。震災後のどことなく人恋しく、懐かしいものに惹かれる気分のなかで作句していた私は、頭をがつんと殴られたようなショックにしばし呆然とした。五十嵐の文中にある森村泰昌の発言、「それは本当にあなたの言葉なんですか。」という問いを正に、この時突きつけられたような気がした。

森村の「芸術は人を勇気づけるようなものじゃない」という発言も印象的だ。たしかに、コンテンポラリーダンスや現代アートといったものは、時として観ている者に苛立ちを与えたり、不安がらせたりする。心のどこかに引っ掛かることで鑑賞者に印象付けるためには、手段を選ばないゆえ「現代」と名の付いたものからは、どこか尖った決意のようなものを感じる。現代の俳句においては、どうだろう。鑑賞者の意識に深く食い込むために、ときには常識を破り、手段を選ばずに挑んでゆくことができるだろうか。芸術で人を救うことはできない。それをどこかでわかっていながら、芸術は人を救い、勇気づけることができるという希望を抱くゆえに、わたしは俳句を作っているような気がする。俳句も他の「現代」と名の付く芸術と同様の道を模索するのか、それとも独自の道へ辿りつくのか。本当のわたしの言葉とは何かを考えたときに、この問いと対峙してゆかなくてはならない。そんな事を考えながら、すっかり日が長くなった夕暮れのカフェでバナナジュースを飲み干していた。

2011年5月28日土曜日

●週俳eブックス 日曜のサンデー


 






PDFファイルをパソコン、携帯端末等でお読みいただくスタイルです。複雑な作り、凝った処理はしていません。シンプルなPDFファイルです。

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中嶋憲武

掌編小説集

日曜のサンデー

週刊俳句、ウラハイ初出の
18篇を収録。

本文 88ページ
デザイン:笠井亞子
PDFファイル容量 1,722KB

頒価 ¥400 (税込み)


〔目次〕
日曜のサンデー
  午後のやる気/人口渚/夜のキリン/
  どこまで行っても長い道/雪の日のコーヒーショップ
Close To You
アマン
反省会
Leave my kitten alone
むすめほさふせ
恋はみずいろ
雨の日と月曜日は
朝のマンゴー1
117BPM
ふしあわせなじょうろ
ねむりひめ
国道沿いの片恋
昭和五十六年のエガワ
つんつん
チブル星人
ジュースバー
夜のぶらんこ


【ご購入の手順】
1 購入ご希望の書籍名を記して、下記までメールください。
inks@kdn.biglobe.ne.jp
※お問い合わせも同じメールアドレスへ

2 書籍(PDFファイル)をメール添付にて送付とともに、お支払い方法をお知らせいたします。

2011年5月27日金曜日

●金曜日の川柳 樋口由紀子


樋口由紀子
  







君見たまへ菠薐草が伸びてゐる


麻生路郎 (あそう・じろう) 1888~1965


新緑の季節である。緑の季節に緑のものを食べると身体にいいらしい。菠薐草も緑のにおいがつんとして、食べるとポパイではないが力をもらった気になる。しかし、この句は食材として見ているのだろうか。ふつうは菠薐草をこのようには詠まないと思う。目の付け所に川柳人を感じる。「見たまへ」と言われた君はどう返事したのか。「きれい」それとも「おいしそう」。どちらにせよ返答に困ったはずである。麻生路郎は「川柳雑誌」(後の「川柳塔」)の創刊者で、「川柳とは人の肺腑を衝く十七音字中心の人間陶治の詩である」と主張した。『旅人』(川柳雑誌社・1953年刊)所収。