2017年8月31日木曜日

●栞



ストーブの熱気に動く栞の尾  田川飛旅子

枯庭や栞の分けるきのふけふ  笠井亞子〔*〕

指栞して春雷を聞きゐたり  藤木倶子

〔*〕http://weekly-haiku.blogspot.jp/2007/12/page.html

2017年8月29日火曜日

〔ためしがき〕 世界の可能性 福田若之

〔ためしがき〕
世界の可能性

福田若之


たとえば、僕の鼻には嗅ぎとることができないにしても、誰かにとって、群生する蓮の花は、それだけで何か満ち満ちるほどの甘い香りがするのだということ。そして、それが、あるとき、ふとしたきっかけで、言葉として僕のもとに差し出されることがあるのだということ。これは、僕にとって、世界の可能性そのものだ。

2017/8/13

2017年8月28日月曜日

●月曜日の一句〔瀬戸内寂聴〕相子智恵



相子智恵






もろ乳にほたる放たれし夜も杳く  瀬戸内寂聴

句集『ひとり』(深夜叢書社 2017.05)所収

濃厚な句だ。蚊帳の中を想像した。乳房のほの白さの上に、戯れに放たれた蛍の光。その光があれば夜であり、暗いことは想像されてくるので、じつは下五がなくても景は成立するのではある。が、やはり〈夜も杳く〉の感慨があってこその句だろう。

「杳(くら)い」という語は、「暗くてよくわからない」という意味の他に、「はるかに遠いさま、奥深く暗いさま」があるので、この情景が回想の彼方にあり、暗さの中に時間の厚みのようなものも重なってくる。それが一句をさらに物語性を強いものにしている。「杳(とお)い」と読む例もあるので、もしかしたらこの句の読みも「とおく」なのかもしれない。

このように情念の濃い句は、そういえば現代にはあまり見かけないように思う。美しい句だ。

2017年8月25日金曜日

●金曜日の川柳〔佐藤みさ子〕樋口由紀子



樋口由紀子






きかんこんなんくいきのなかの「ん」

佐藤みさ子 (さとう・みさこ) 1943~

「帰還困難区域」は福島原発事故で放射線量が非常に高く、帰ることができなくなった地域である。とても住めるところではない。そこで人々は原発事故以前ごくふつうの日常生活を送っていた。

「ん」は何を意味するのだろうか。「ん」はひらがなの最後の文字。五十音図やいろは歌には出ない仮名である。行き止まりである。「ん」は不条理の表明だろうか。あれほどの事故なのに誰も責任を問われない。

「ん」があろうとなかろうと実はどうでもいいのかもしれない。ただそう言って、きょとんとさせ、まぜっかえすことで「きかんこんなんくいき」が「在ること」を確認し、露わにしていくことが作者の願い(狙い)だったように思う。それは原発事故は何だったのかという問いかけであり、怒りである。「きかんこんなんくいき」と整理整頓して、取り纏めても済まないものがあることをあらためて思う。〈おわりだとわかっていたが帰宅する〉〈とりかえしのつかない猫をどこに置く〉〈「かけがえのない」のあとには何が来る〉 「MANO」20号(2017年刊)収録。

2017年8月24日木曜日

〔人名さん〕アントニオ猪木

〔人名さん〕
アントニオ猪木