2019年8月31日土曜日

●土曜日の読書〔セミのブローチ〕小津夜景



小津夜景








セミのブローチ

海岸でもらった風船のおすそわけに、友人のアトリエに寄る。

今日は手に入れたばかりのセミのブローチをワンピースにつけている。セミのブローチをつけるのは、季節の帯をしめるようなものだ。プロヴァンスの昆虫界ではセミの地位が一番高く、街にはセミの小物が年中あふれているけれど、それでもセミが夏の幸福のシンボルであることは変わらない。

扉があいていたので勝手にアトリエに入る。友人の姿はない。ものすごく変わった人なので、壁に隠れているかもと思い、壁にさわりながら、室内をゆっくり回ってみる。が、特に変わったこともない。天井を見上げ、てのひらをひらく。ふわん。風船が天井にくっついた。このまま帰っちゃおうかな。そう思いつつ天井を眺めていたところへ、日本にもセミがいるの?と急に友人の声がした。

「わ。びっくりした。どこにいたの」
「裏庭。いいねそのブローチ」
「でしょ。いるよ。いるけど、基本悲しい生き物だって思われてる。すごい短命だから。で、思うところあって、大声で泣いてるんだろうって」
「あはは。あんな美声なのに。昼寝にいいよね。セミの声って眠くなる」

おいで。セミがいるから。友人は私の肩に手をかけると、そのままアトリエの奥といざなった。裏庭の木陰には2脚のデッキチェアが広げられ、セミの声がしんしんと降っている。

さっきまでここで寝てたの。そう言って友人はデッキチェアに横たわると目をつぶった。
「ああ。生きてるたのしさを、うたってるね」
友人は、そのまま眠ってしまった。
セミの彫刻的契機はその全体のまとまりのいい事にある。部分は複雑であるが、それが二枚の大きな翅によって統一され、しかも頭の両端の複眼の突出と胸部との関係が脆弱でなく、胸部が甲冑のように堅固で、殊に中胸背部の末端にある皺襞(しわひだ)の意匠が面白い彫刻的の形態と肉合いとを持ち、裏の腹部がうまく翅の中に納まり、六本の肢もあまり長くはなく、前肢には強い腕があり、口吻が又実に比例よく体の中央に針を垂れ、総体に単純化し易く、面に無駄が出ない。セミの美しさの最も微妙なところは、横から翅を見た時の翅の山の形をした線にある。頭から胸背部へかけて小さな円味を持つところへ、翅の上縁がずっと上へ立ち上り、一つの頂点を作って再び波をうって下の方へなだれるように低まり、一寸又立ち上って終っている工合が他の何物にも無いセミ特有の線である。(高村光太郎『蟬の美と造型』青空文庫)
帰宅して、セミの資料を漁っていて見つけた随筆。光太郎作の木彫のセミは感動ものだが、随筆の方も傑作である。ありのままのセミをちゃんと見ているのもいい。原文ではこの数倍セミの描写がつづくのだけれど、他人の口から借りてきたようなうんちくは一行も混じっていない。


2019年8月30日金曜日

●金曜日の川柳〔暮田真名〕樋口由紀子



樋口由紀子






カラオケでオクラを茹でるうつくしさ

暮田真名 (くれだ・まな) 1997~

私は素麺を茹でるときに一緒にオクラも茹でて薬味にする。オクラはさっと緑色になり、本当にうつくしい。しかし、「カラオケで」がわからない。「カラオケ」は伴奏のみの音楽に合わせて歌うものだが、どうやって?「空の桶」のなのか。それにしてもへんである。しかし、このわからなさ、やすやすと意味がつながってくれなさが、散文とは異なる立ち位置を確保しているように思う。

〈フロートがいやというほど降るらしい〉〈甘食はすいすい自転車に乗る〉〈ダイヤモンドダストにえさをやらなくちゃ〉などどの句も難しい言葉は使われていないが、感性でつないでいるようで、どう読み解けばいいのかわからない。日常の世界と切れ、一般的な価値体系の外側で存在感を意識的に生みだている。そこで意味を生動させ、日常とは違う概念を発生させている。独自のポエジーである。『補遺』(2019年刊)所収。

2019年8月28日水曜日

●エノケン

エノケン


エノケンも心にありて萩に彳つ  富安風生

エノケンのまなこ地下鐵に忘れ來し  三橋敏雄


2019年8月26日月曜日

●月曜日の一句〔大石久美〕相子智恵



相子智恵







湖に色濃きところ水の秋  大石久美

句集『桐の花』(邑書林 2019.8)所載

湖の色が濃いところとは、深くなっているところだろうか。色の違いが分かることから、この湖がよく澄んでいて、ある程度の大きさや深さのある湖だということがイメージされてくる。

そこにさらに〈水の秋〉という季語が置かれている。取り合わせの句の場合、イメージの近い季語を取り合わせるのは避けるのが定石のように思われているが、掲句は湖に水をあえて重ねているのだ。

〈水の秋〉は「秋の水」の傍題として歳時記に出ているが、秋の水とはベクトルが違う。「秋の水」が澄んだ水そのものを讃えるのに対して、〈水の秋〉は「水が美しい秋という季節」を讃える季語だ。〈湖に色濃きところ〉で脳裏に浮かんだイメージが、「秋の水」であればその湖のみに留まってしまうが、〈水の秋〉であることで、秋という季節そのものへと広がっていく。美しい湖の実景が見えない秋へと繋がって、大きな一句になっているのである。

2019年8月24日土曜日

●土曜日の読書〔100年前のパリジェンヌ〕小津夜景



小津夜景








100年前のパリジェンヌ

この世には好きなものを追いかけて、物理的に無理っぽいことも奇蹟的に達成してしまう変人がいる。

このまえ、山間の古道沿いにあるディーニュ・レ・バンという温泉町へ出かけたら、そんな変人の一人であるアレクサンドラ・ダヴィッド=ネール(1868-1969)の旧居があった。

アレクサンドラはチベットのラサ入りに成功した初の外国人女性である。その経歴はいたって魅力的で、ロンドンおよびパリで東洋思想・チベット語・サンスクリット語を学んだのち、生活のためにオペラ座の歌手(なんと音大も卒業しているのだ)となってハノイ、アテネ、チュニスの舞台に立っていたが、仏教への思い絶ちがたく学究生活に戻り、43歳にしてインドへ出発、そこからは玄奘三蔵ばりに諸国を冒険、砂漠や山岳でいくども飢えや死の危険に晒されつつチベットを目指すというのだからとんでもない。しかもこの初回の旅がいきなり14年間にも及ぶのである。当時鎖国中だったチベットの国境をどうやって突破したのかというと、
私はアルジョバ(巡礼)の扮装をしようと決めた。それは、目立たずに旅行する最良の方法だろう。ヨンデンは実際に学識あるラマ僧であって、私の息子の役をうまく果たすにちがいなく、信仰心から長い巡礼旅を企てたという彼の老いた母(私)は、人々の心を打ち、好印象を与えるに違いなかった。
このように考えたことが、こう決心した主な理由だったが、正直なところ、召使や馬や荷物で心を煩わすことなく、毎晩戸外で思いのままに眠るアルジョバの完全な自由に、私は大きくひかれたのだった。
この一〇ヵ月間の旅行の間には、風変わりな巡礼の生活の不自由も苦労も、そして喜びも味わいつくした。それは夢見うるかぎりの甘美な生活であり、また私にとってかつてない最も幸せな日々であった。肩に僅かな貧しい荷物を背負い、山を越え谷を越えて素晴らしい「雪の国」を放浪したのだった。A.ダヴィッド=ネール『パリジェンヌのラサ旅行1』)東洋文庫)
と、乞食巡礼の老婆に扮し、外国人とバレないよう何も持たず、のちに彼女の養子となるラマ僧ヨンデンを連れ、中国雲南地方からラサまでの山々を数ヶ月かけて徒歩で渡りきったのだ。このときアレクサンドラは55歳。過去4度捕まり、5回目での成功だった。

で、そんな情熱家の旧居だもの、さぞかし本気の東洋趣味なのだろうと思ったらこれが違った。楽しく、愛らしく、ブリコラージュ精神があって(単に大雑把とも言う)いかにもパリジェンヌらしい。パリジェンヌといえば、『パリジェンヌのラサ旅行』という書名は売るための邦訳ではなく原題も《Voyage d'une parisienne à Lhassa》というのだけれど、ひょっとしてこの本はいわゆる「パリジェンヌもの」の元祖でもあるのだろうか。刊行は1927年である。もしそうなら、いやそうでなくても、100年前の「パリジェンヌもの」は最高にダイナミックだったんだなあ。