しょーいぐんじん
近 恵
渋谷の歩道で、義足をガードレールに立てかけ、軍人のような作業着のような、なんかそんな格好をした60代ぐらいのおじさんが座っていた。なんか看板が掛かっていたが、見ないで通り過ぎた。「しょーいぐんじん」のようだと思った。
子供の頃、田舎の町中にときどきそういうふうなおじさんが座っていた。うすよごれた軍服を着て、いや、白い服だったか、ゲートルを巻いて、片足や片手がなかったりして、ハーモニカをふいてることもあった。座った前にはアルミの弁当箱とかが置いてあったりした。
看板が掛かっていて、戦争に行ったこと、怪我をして帰ってきたこと、その怪我のせいで片足や片腕を無くしたこと、そんなことが書いてあったように思う。
私はもっと看板をよく読みたかったし、その片足がなかったり、片手がなかったりして、でもハーモニカの悲しい音色を立てているそのおじさんがなんだか可哀想に思え、近づこうとしたのだが、母に止められた。あれは「しょーいぐんじん」だとそのとき知った。「しょーいぐんじん」は物乞いをしている人だった。そして「しょーいぐんじん」が傷痍軍人だと知ったのは、もうすこし後になってからのことだった。
そして、傷痍軍人でなくても、どこかで怪我とかをして働けなくなったりした人が「しょーいぐんじん」になったりすることや、やくざやさんでそういうことをする人がいるということは、さらにもう少し大人になって知った。
さて、今日渋谷で見かけた「しょーいぐんじん」。もし本当に傷痍軍人ならばたいがい恩給とか出てるし、もう80から90歳近くになる人たちであろうから、今更そんなことはしないだろうと思う。もっと若かった。60代ぐらいのように思えた。あれはただの物乞いだったんだろうか。
3月10日は東京大空襲のあった日。
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