2012年10月29日月曜日
●月曜日の一句〔堀本裕樹〕 相子智恵
相子智恵
紀の国の水澄みて杉澄みまさる 堀本裕樹
句集『熊野曼陀羅』(2012.9 文學の森)より。
〈紀の国〉は紀伊の国、現在の和歌山と三重県南部の一帯に当たる。〈紀の国〉は一説には、7世紀に国が成立した当初は「木国(きのくに)」であったとも。雨が多く森林が生い茂っている様子から名付けられたともいわれる。
掲句、まるで国誉めのようだ。天地すべての水が澄み渡る秋の季語〈水澄む〉で、まず〈紀の国〉の水の美しさを讃え、さらにその水を得た杉が〈澄みまさ〉っていくと讃える。この杉に熊野古道を思う。まっすぐ天へ伸び、その尖った天辺に神が降りてくると考えられた神聖な杉だ。水も木も澄む熊野という地への捧げ物のような一句である。
俳句で「風土詠」という言葉、もうあまり聞かなくなった。日本全国が東京のサバービアのようになってしまった現代では、風土といってもピンとこない人も多いだろう。和歌山県出身の作者のように、大振りな風土詠が特徴の作家は、若手俳人を見渡してもほとんどいない。氏の句の中には過剰な演劇性も見られるが、それは神に捧げられた古代の演劇のような、熊野の地霊への身振りにも思われる。多くの若手の作風がサバービア的な軽さに傾くなか、その対極として注目したい作風である。
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