2012年10月8日月曜日

●月曜日の一句〔橘いずみ〕 相子智恵



相子智恵







ビーカーの水の沸騰鰯雲  橘 いずみ

句句集『燕』(2012.9 ふらんす堂)より。

ここへ来てようやく秋らしい空を楽しめるようになった。

掲句、学校の理科室での、実験の風景だろうか。ガラスのビーカーの中には、澄んだ秋の水がぽこぽこと、透明な泡を吐き出している。ふと目を転じて窓から見上げた空には、鰯雲。

沸騰したお湯の細かな気泡と鰯雲にはどことなく似た雰囲気があって、透明感のある気持ちのよい取り合わせとなっている。

掲句が見せているのは沸騰したビーカーの水と、鰯雲という「物」だけだが、そこから澄んだ気持ちのよさや、学生時代の懐かしい日々、その頃の“ここではないどこか”を夢見るような心が、次々と引き出されてくる。

「俳句は物に託して詠む」と当たり前のように語られたりするが、物だけを詠み、そこに“陳腐”と“独りよがり”のどちら側にも落ちない“一本の共感の稜線”を見出すことは、意外と高度なバランス感覚を要するのだと、あらためて思う。



0 件のコメント: