2014年8月13日水曜日

●水曜日の一句〔鍵和田秞子〕関悦史



関悦史








梅一輪木造家屋痩せにけり   鍵和田秞子

日本の家は築30年で資産価値がなくなる。税法上のことだけでなく、実際に傷みがひどくなる。ひっきりなしに建て替えられて、町並みがどんどん変わっていく理由でもあり、貧困問題の小さからぬ原因ともなっている。

昭和の後半以降に建てられた家よりも、新建材も何もない手作りのような家の方が、ものによっては残っている場合がある。この「木造家屋」は、外壁まで板張りなのではないか。「痩せにけり」という言い方は、風雨や暑熱、寒波、地震にくりかえし晒され、木目が浮き出し、継ぎ目が緩んできたような家にこそふさわしい。

「痩せにけり」は単に家の外観をうまく言い表したということではない。閲してきた歳月の重みにおいて、この家は詠み手本人の心身と重なり合っているのである。詠み手と木造家屋とが、疲弊や傷みでもって浸透しあっているのだが、にも関わらず擬人化にも自己憐憫にも陥らず、それどころか渋く奥深いユーモアの手応えすらあるのが特長。

咲き初めの「梅一輪」の敏感な鮮やかさは、「痩せ」るほどの歳月を経た「木造家屋」にとっては、圧迫感のない華やぎでもって気を引き立て、心身の奥まで沁みとおりつつ、反面、その衰えを内側から照らし出す、泣きたいような、ありがたいような、生身の者には過酷な歓喜を篤実にもたらす、法そのもののようにも見える。一見、植物の清新と建築の古びとの対比に過ぎない事態に、「痩せ」の一語で不意に身が入ったのである。


句集『濤無限』(2014.7 角川学芸出版)所収。

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