2026年8月22日土曜日

●金曜日の川柳〔海堀酔月〕八上桐子



八上桐子





向日葵の背中も見てやって下さい  海堀酔月

花の中でも向日葵は、大きさ、姿かたちから擬人化されやすい。顔に見立てられる花の正面から見ると、明るく生命力に満ちあふれている。「背中も見てやって下さい」は、後ろから見ても輝かしいではない。大きな頭を支える首は折れかかり、背中は心細げにも見える。太陽に向かって堂々と咲く向日葵の、あの背中もふくめた「生」を感じ取ってほしいと言うのだろうか。

正解だと思う 蒟蒻の固さ

足に合わない靴が一ばん美しい

骨は拾うな 煙の方がぼくなんだ

世間的な常識や正しさをずらしたところに、作者が発見する美や真実。一句、一句につい立ち止まってしまう。

『両忘』(2003年/現代川柳点鐘の会)

2026年8月19日水曜日

●西鶴ざんまい #101 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #101
 
浅沼璞
 

 外枕憶えなき身を祈りつめ  打越
  七の社の砂ぬすみぬる   前句
 同じ京の水に替りの水さびて 付句(通算83句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・表5句目=雑  七の社→京
水さびて=「訳註西鶴全集」では「水錆(みさび)」の意とする。
広辞苑「水錆」の項には〈溜り水などの水面に浮かぶ錆のようなもの。みしぶ〉とあり、「水の水錆にとぢられて」(千載和歌集・夏)を引く。
また「定本西鶴全集」では「澁びて」とあり、〈水の流停滞し水面に赤黒き濁りを生ずること〉とする。

【句意】
同じ京都でも水脈が変わり、水が錆びていて。

【付け・転じ】
前句「砂ぬすみぬる」原因について、水錆を砂で漉すためとした逆付。

【自註】
*水の水上なれば、京中に水のあしき所なし。自然と水筋悪敷(あしく)さびけるを、砂ごしにいたせる**心行にして付寄せ侍る。

*水の水上=「日本古典読本・西鶴」では〈水上は物の根源であるから、水の中での最上の水、の意であらう〉とし、「曲水の水の水上や鴻の池」(西鶴五百韵)を引く。ただし「曲水の水の水上」は「曲水の水源」という意。
**心行(こゝろゆき)=乾裕幸『俳諧師西鶴』では「砂→水さびて」の〈付心〉とする。
なお元禄期の付合集『俳諧小傘』に「砂―水越 ミヅコシ」とある。

【意訳】
最も水の良い地であるから、京都に水質のわるいところはない。(けれど)偶然にも水脈がわるく、錆びたその水を、砂漉しに致す所存で前句に付けたのです。

【三工程】
(前句)七の社の砂ぬすみぬる

  水を漉すことを皆々思いひつき 〔見込〕
     ↓
  自然にや水筋悪敷くさびけるを  〔趣向〕
     ↓
  同じ京の水に替りの水さびて  〔句作〕

前句「砂ぬすみぬる」原因について、水を砂で漉すためとし〔見込〕、〈なぜ砂で漉すのか〉と問うて、水錆が出たからとし〔趣向〕、「七の社→京」の縁から場所を設定した〔句作〕。

【テキスト考察】
文意に矛盾をきたしつつ、意表をつくのは西鶴散文(捩れ文)の特徴だが、今回の自註は短文とあって殊さら矛盾があらわで、意訳では「けれど」と補わざるをえなかった。これは三工程で想定したように「水を砂で漉す」という逆付を見込みつつ、「七の社→京」の縁から場所を京に設定するという工程で捩れが生じたためであろう。自註のとおり京が名水の地であるのは自明なのだから。

【若之氏メール】
これまた解釈の難儀な自註ですね。ひとつ思ったのですが、「水筋」を(地下の)「水脈」の意ではなく(地上の)「水の流れ」の意と捉えると、あるいは矛盾なく解釈しうるかもしれません。京の湧き水は水質が良すぎるから、川になって地上を流れると、おのずとすぐに水質が(もとに比べて)悪くなってしまう、というようにとることも、できないことはないのではないかと(やや苦しい気もしますが)。

2026年8月14日金曜日

●金曜日の川柳〔飯島章友〕まつりぺきん



まつりぺきん





きゅうり揉み 船はもう出たのでしょうね  飯島章友

「きゅうり揉み」には、台所で手を動かす暮らしの感触があります。
一字あけによって一呼吸置かれ、続くのは「船はもう出たのでしょうね」という、つぶやくような言葉。
身近な台所から、句の空間が不意に水辺へと開かれていきます。

きゅうりからは、盆に故人の霊を迎える精霊馬が、船からは、盆に帰った霊を送る精霊流しが呼び起こされます。
迎えの支度で台所に立っているうちに、送りの船はもう出てしまったのでしょうか。
「もう出た」には、間に合わなかった悔いとも、見送るほかない諦めともつかない気配があります。

「でしょうね」は問いかけながら、すでに答えを受け入れている言い方でもあり、去りゆく者との確かめようのない距離を感じさせます。

故人の霊を迎えようとする思いと、見送りに間に合わなかった思い。
その二つが静かに重なり、やや苦みを帯びた寂寥を残す一句です。

「成長痛の月」(2021)より。

2026年8月9日日曜日

★週刊俳句の記事募集

週刊俳句の記事募集


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時評的な話題

イベントのレポート

これはガッツリ書くいていただくのはなかなか大変です。それでもいいのですが、寸感程度でも、読者には嬉しく有益です。



そのほか、どんな企画でも、ご連絡いただければ幸いです。

2026年8月7日金曜日

●金曜日の川柳〔中山奈々〕まつりぺきん



まつりぺきん





死後ごめん海まで戻る自信ない  中山奈々

海をモチーフとした連作の最後の一句。

死ぬと自然に返るのなら、海は生命が生まれた場所であり、帰る場所でもあります。
それなのに、そこ「まで」、戻ることを確約できないというのです。

本当は戻りたいけれど戻っていいものかということへの躊躇いのようでもあり、戻る資格などないという自嘲のようでもあり、いずれにせよ、誰か(何か)への負い目のようなものを伴っているようです。

助詞を省いた「自信ない」には、頼りなさげに弱音を吐露するようなニュアンスがあり、死後のことまで先回りして心配する主体の優しさや寂寥感が滲みます。

また、上五で「死後」と「ごめん」が切れ目なく続くことは、「死んでから謝る」のか、「死後そのものへの詫び」なのか、その境界も曖昧です。

「ごめん」は現在の時制とも未来の時制とも読め、それは心の深いところにある、いつかの、誰かへの謝罪なのかもしれませんし、自分自身への謝罪なのかもしれません。

「しい」(『川柳EXPO2024』2024)より。

2026年8月5日水曜日

●西鶴ざんまい #100 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #100
 
浅沼璞
 

  初夜にかならず燃る恋づか 打越
 外枕憶えなき身を祈りつめ  前句
  七の社の砂ぬすみぬる   付句(通算82句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・表4句目=神祇(社)。
七の社の砂(ななのやしろのすな)=「京都船岡山の南東にあり。宇多天皇の后君寵恢復を祈り霊夢によつて社前に白砂を以て三笠山の形を築く。後世祈願ある者これに倣つて砂山を築いて祈るといふ(雍州府志・京羽二重織留)」『定本西鶴全集』頭注
※『新編日本古典文学全集61』に、「恋(七の社の砂ぬすむ)」の記述があるが上記「君寵恢復」の故事によるか。

【句意】
七野社の砂を盗んだ。

【付け・転じ】
前句「祈りつめ」から七野社を連想しての転じ。

【自註】
京都の中に七のやしろの宮居(みやゐ)たゝせ給ふ。むかしよりいかなる事の子細にや、此の神前の砂を盗みて人を祈りけるに、心にまかさぬといふ事なし。是によつて、神主、番をして砂をすこしもちらさぬ事也。又、願ひ叶ひし女は、ちひさき*砂車を拵へて我が宿の砂をまゐらせける。

*砂車(すなぐるま)=砂の運搬用の車。遺稿集『西鶴俗つれづれ』(四ノ二)に「七野社に砂車」なる一節がある。


【意訳】
京都の市中に七社という神社がございます。昔からどのような子細からか、この神社の砂を盗んで人を呪詛すると、その祈りが成就しないということはない。このことによって神主は見張り番をし、(神前の)砂を少しも散らさぬよう管理をした。また祈願の叶った女は、小さい運搬用の砂車を用意して自宅の砂を社前に奉納した。

【三工程】
(前句)外枕憶えなき身を祈りつめ

  七の社の宮居たゝせる  〔見込〕
     ↓
  七の社の心にまかせ   〔趣向〕
     ↓
  七の社の砂ぬすみぬる  〔句作〕

前句「祈りつめ」から七野社を連想し〔見込〕、〈なぜ連想したのか〉と問うて、祈願がよく叶うからとし〔趣向〕、「砂ぬすみぬる」と具体的な祈願の行動を以て表現した〔句作〕。

【テキスト考察】
『新編日本古典文学全集61』には〈前句の「祈りつめ」る心的状況を行動で描いた付けで、やや同意の気味がある〉とあるが、これは妥当な解釈であろう。

すでに前句の自註で「丑の刻参り」や「山伏への呪詛の依頼」を具体的に描いていたのだから当然であろう。

けだし西鶴の意識では自註は見込・趣向を練るための前テキスト的なものと割り切り、前後の重複は意に介さなかったのかもしれない。このへん後続の付句/自註の考察において十分留意すべき点であろう

2026年7月31日金曜日

●金曜日の川柳〔中村冨二〕八上桐子



八上桐子





墓地を出て一つの音楽に帰る  中村冨二

死、あるいは死者と向き合うしずかな時間を過ごし、日常へと戻る。その日常を、冨ニは家でも町でもなく音楽と表現した。

墓地を一歩出ると、人の声や車の音、風の音……さまざまな音が一気に耳に流れ込んでくる。

そうした無数の音も織り交ぜ、人生というたった一つの音楽の一節一節ができてゆく。

  音楽祭終り けものに耳二つ

  水道から水なぞ出た、ひとりぼっちの拍手

  好きだったとはハモニカが水に落ち 

冨ニはハモニカの名手だったとか。 冨ニの川柳は深刻ぶらず軽やかで、ハモニカの音色のようにどこかさみしい。

『中村冨二・千句集』 (ナカトミ書房/1981年)

2026年7月24日金曜日

●金曜日の川柳〔西脇祥貴〕まつりぺきん



まつりぺきん





町、三時。つかれた指先のかなで  西脇祥貴

題は「さやさや」(矢沢和女選)。

「三時」とだけあり、昼なのか夜なのかわかりません。住宅地でしょうか、それとももっと長閑なところでしょうか。「街」ではなく「町」と書かれることで、繁華街よりも、どこか人の暮らしに近い場所を思わせます。

指先の動きは何かを奏でる運指のようでもあり、あるいは空気や風に触れているだけのようでもあります。「かなで」とひらがなに開いているせいか、微かに指先に触れる何かが、静かにさやさやと奏でられるような感触が。

そしてその指先は、何かを終えて「疲れた」とも取れますし、誰かに「勇気を出して行ってこいよ」と「突かれた」とも。

遠景から近景へというカメラワークも映画的で、物語性を感じます。

また、「町」と「三時」の間にそっと置かれた読点が、空間と時間を一息ずつ切り分けます。
その間が微妙なテンポを作り、「さやさや」という題から耳で読もうとしていたところへ、町の光景や指先の感触が不意に立ち上がってきます。

句会といえば聴覚主体のイメージですが、この句は耳だけでなく視覚や触覚まで呼び覚ますことで、静かな存在感を放っているように思います。

「らくだ忌」第3回川柳大会より。

2026年7月22日水曜日

●西鶴ざんまい #99 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #99
 
浅沼璞
 

 伽羅割の捺忘れ行く野は暮て 打越
  初夜にかならず燃る恋づか 前句
 外枕憶えなき身を祈りつめ  付句(通算81句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・裏3句目=恋。
外枕(ほかまくら)=仇枕(日本古典読本Ⅸ)。仇寝(あだね)。仮初の契り。

【句意】
不倫の憶え無き(人妻の)身を、祈りを込めて呪い殺す。

【付け・転じ】
前句の鬼火の原因・理由は「呪い殺された潔白な妻の恋情だった」という後付(うしろづけ)・逆付による転じ。

【自註】
爰の付けかたは、人の妻女を、*外の心ありけるやうにうたがひ、其の夫の中をさくたくみに、妾女(てかけ)などが悪心にて神をいのりて**牛の時まいり、山伏をたのみ、其の命を取りける。世をうせし女の***おもはく、夜毎に通ひ、魂の火と成りし****心行也。

*外の心=脇心(日本古典読本Ⅸ)。〈是がすきにて身に替へての脇心〉(好色五人女・三)。浮気心。
**牛の時まい(ゐ)り=丑の刻参り。
***おもはく=恋の思わく。恋情。
****心行(こゝろゆき)=内容主義の心付(前句に同じ)。

【意訳】
ここの付け方は、人の本妻を浮気心のあるように疑い、その夫との仲を裂く計略として、妾などが悪心から神に祈り、丑の刻参りやら、山伏に依頼しての調伏やらをし、その命を奪った。で、この世を去った本妻の恋情が夜ごとにこの世に通い、鬼火となったという心持ちの付け方である。

【三工程】
(前句)伽羅割の捺忘れ行く野は暮て

  世をうせし妻の思はく通ひきて 〔見込〕
     ↓
  悪心の妾女に命取られける   〔趣向〕
     ↓
  外枕憶えなき身を祈りつめ   〔句作〕 

前句の鬼火の原因・理由を「呪い殺された妻の恋情」と見込み〔見込〕、〈誰に呪い殺されたのか〉と問うて、悪心の妾女と設定し〔趣向〕、妾女が潔白な本妻に罪を着せて呪い殺すという文脈でまとめた〔句作〕。


【テキスト考察】
『新編日本古典文学全集61』には〈「恋づか」の「燃る」原因を付けたもので、このあたりやや親句付となっている〉とあるが、すでに前句が打越の原因を探った後付・逆付であった。

つまり打越の鉈を忘れたその原因を「地元の言い伝えの鬼火を恐れたから」とした前句の逆付を受け、更にその鬼火の理由を「呪い殺された潔白な妻の恋情」と逆付を以て転じたわけである。

となれば転じは効いており〈やや親句付〉という見方は腑に落ちない。また自註文末の心行(元禄疎句体)という言表を鑑みても〈やや親句付〉とは言い難い。さらに恋句なのだから恋の範疇での付合は当然ともいえる。

2026年7月16日木曜日

●金曜日の川柳〔石山ふね〕暮田真名



暮田真名





求愛のかたちが流れ星だもん  石山ふね

「かたち」は現代川柳頻出語彙の一つである。「朝のかたちを考えている把手」(佐藤とも子)や久保田紺『大阪のかたち』における「かたち」が〈形状〉を指しているとすれば、掲句の「かたち」は〈形式〉を指している。

「求愛」は、「パートナーを求める行為」という意味では同じでも、「告白」とはニュアンスが大きく異なる。より身体的、より動物的な、繁殖行動の一部だ。孔雀が羽を大きく広げ、ダンスを踊るように、星にとっては流れてみせることが求愛行動なのだという。流星群は星の繁殖期か。かといって、子孫を増やすわけでもない。光って消えるだけ。あとに何も残らない、振る舞いだけの求愛がある。

しかしながら、この「かたち」は、やはり〈形状〉とも関係が深いのだ。「愛」は♡、「星」は☆という図形でも表せることによって。一句のなかで♡が☆へと変化する。とてもかわいい。

2026年7月13日月曜日

〔ネット拾読〕The "In" Crowd 複製・戦争・野上翠葉・福田若之 西原天気

〔ネット拾読〕
 The "In" Crowd
複製・戦争・野上翠葉・福田若之


西原天気


野上翠葉:さよなら、ウォーホル まるごとのトマトを齧る/福田若之

12000字は、ゆるめに組んだ文庫本約20ページ。ずいぶんなボリュームのようですが、読み進め、読み了えると、そうでもない。論旨や理路が明瞭なせいでしょう。

さて、この記事、福田若之の連作「さよなら、二十世紀。さよなら。」の表題句から、ウォーホルの複製的美術へ、さらにはベンヤミンの論考「複製技術の時代における芸術作品」へと話を進め、いわば、この句の《さよなら》の本質へとアプローチする。

ウォーホルを引くに図像を多用。また、ベンヤミンの当該論考……おそらくこの半世紀、人文科学を学ぶ者にとって必須の参照論考のエキスを要約するに簡潔。読者への配慮が見て取れる記事。

ただし、話は単純ではない。20世紀は複製の世紀であり、戦争の世紀。後者と話を関連づけるあたりからやや複雑化する。福田若之の句の個別個別と対応させるからなおさらだ。

カジュアルにいえば、話がややあっちこっちするが、読み通せば、福田若之の連作が20世紀への挽歌であることは、紛糾しつつも(それだからこそ)豊かに伝わる(と私は思った)。

途中、複製の行き先として、AIへと、今日的話題とすれば当然のようにAIへと(余談的に)繋がっていくことは予想がついた。これはいい意味での、裏切らない展開。

ただし、俳句におけるAIの所作・所業を、句/作品にフォーカスしている(ように私には読めた)部分は、ちょっとだけ付言したい気分になる。枝葉のことだが(かつ、思念的にすぎるが)、AIが複製するのがそれにとどまらず、ある一箇の批評的知性、あるいは作家性だとしたら、さらに重大で深刻かもしれない。

ともあれ、一読の価値アリの記事です。「なんだかややこしい」と思ってしまう正直な読者も一度で終わらず、二度読んでみることをオススメします。


それではまた。拾い読む記事が見つかったときに書きます。


2026年7月10日金曜日

●金曜日の川柳〔加藤久子〕八上桐子



八上桐子





魂が腐る手前のれんげ畑  加藤久子

肉体ではなく、魂が腐る。人としての感受性や希望、生きる力を失いつつあるのでしょう。そして、その手前に現れるのが、れんげ畑。

無邪気だったころの記憶を呼び覚ますれんげ畑が、さいごの拠り所であり、微かな希望として広がっています。

注目したいのは、助詞の「が」。「が」は、音の濁りを避けて、なるべく使わないようよう教えられます。

この句では、「が」の音の持つ、濁りや重さ、粘り気が、魂の色、匂い、質感が傷みはじめている切迫感を生んでいます。

廃船が歌いだすまで草毟る

潜水艦が急に近づく花の冷え

妹が乾かしてゆく合歓の花

アンソロジーの100句中、8句に「が」が使われていました。単に助詞としてだけでなく、触感やイメージにもしっかり働いています。

『現代川柳の精鋭たち』 (2000年 北宋社)

2026年7月5日日曜日

★週刊俳句の記事募集

週刊俳句の記事募集


小誌『週刊俳句』がみなさまの執筆・投稿によって成り立っているのは周知の事実ですが、あらためてお願いいたします。

長短ご随意、硬軟ご随意。※俳句作品を除く

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俳句総合誌、結社誌から小さな同人誌まで。かならずしも号の内容を網羅的に紹介していただく必要はありません。

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最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

時評的な話題

イベントのレポート

これはガッツリ書くいていただくのはなかなか大変です。それでもいいのですが、寸感程度でも、読者には嬉しく有益です。



そのほか、どんな企画でも、ご連絡いただければ幸いです。

2026年7月3日金曜日

●金曜日の川柳〔蟹口和枝〕まつりぺきん



まつりぺきん





かたちから入るタイプのぐりとぐら  蟹口和枝

『ぐりとぐら』は、双子の野ねずみを主人公にした有名な絵本のタイトルで、5音ということもあり、川柳でもよく使われます。
世代を超えてインストールされている言葉、と言っていいかもしれません。「ぐりとぐら」という響きそのものに、どこか懐かしく親しい感覚を覚えます。
そしてこの句は、その既知のリズムを巧みに利用しています。

まず、「かたちから入る」という上五は、「a」と「i」という明るく開かれた母音のみによって構成され、中七がさらに「aiu」の反復を添えることで、軽やかな律動を生み出しています。
一方、「ぐりとぐら」は母音だけを見れば決して単純ではありません。しかし、その不均質さは、むしろ共有された記憶の力によって自然に受容され、違和感を生じさせません。

「かたちから入るタイプ」という表現には、少し揶揄するようなニュアンスがあります。それを、あの純粋で愛らしい『ぐりとぐら』に重ねてしまうところに、この句のユーモアがあります。
少し皮肉でありながら、どこか優しい――そんな川柳らしい味わいを感じます。

「中途半端な」(『川柳EXPO2025―柳―』2025)より

2026年6月29日月曜日

●回文俳句 春夏コレクション 手に文庫 井口吾郎

回文俳句◆春夏コレクション
手に文庫 井口吾郎

画像をクリックすると大きくなります


昼は濃いタンメン明太子春陽

手に文庫目の利く木の芽昆布煮て

佐賀広し他駅に消えた白日傘

茎とキス兄御ベゴニア好きと聞く

むかついた梅雨更衣場タイツ嚙む

蟬生るフシギ詐欺師振舞う店

ギヤマンと知らす雄らしトンマ山羊

川蜻蛉留まる窓と盆と和歌

よき旅の締めに雲丹飯ノビタキよ

永遠に子は美し苦痛箱庭と

2026年6月28日日曜日

【新刊】小林恭二『三鬼』

【新刊】
小林恭二『三鬼』

2026年06月25日/講談社




2026年6月26日金曜日

●金曜日の川柳〔広瀬ちえみ〕なかはられいこ



なかはられいこ






晴れた日のこっばみじんの黄色です  広瀬ちえみ

洗濯物を干していた。洗濯バサミをつまんだとたん、ばちーんとはじけた。経年劣化した洗濯バサミはもろい。

あー、こっぱみじんやなあと思った。

こっぱみじんになったのは、あくまでも「黄色」であって、それはモノではなくて、黄色的な感情や情動なのかもしれない。

それでも思う。洗濯バサミみたいに終われたら、いっそ清々しいのにと。なんにせよ、「こっぱみじん」とは、あっぱれである。あっぱれは天晴れと書く。

青空と粉々の黄色いかけらのなんとあざやかなことか。

『現代川柳の精鋭たち』 2000年(北宋社)

2026年6月25日木曜日

〔週刊俳句1000号記念転載〕理念はない、熱情を信じない 西原天気

〔週刊俳句1000号記念転載〕
「グルーヴィーでチョイゆる」改め
理念はない、熱情を信じない

西原天気

『つくえの部屋』第5号(2020年4月)より
転載〔大幅改稿〕

俳句の集まりに出かけると、「毎週たいへんでしょう?」とよく訊かれます。創刊二〇〇七年四月のウェブマガジン『週刊俳句』の話です。運営をやっている私へのねぎらいなのか、社交辞令なのか、あるいはすなおに驚かれているのか、それはわかりませんが、いつも答えは同じ。「いいえ。じつは、あんまりたいへんじゃないんです」

理由はいろいろあります。まず、一人ではなく複数での運営であること。

これ、かなり重要。スタートは一人でした。理由は、一人のほうが始めやすいから。合議でコンセンサスを図ったりするのは時間がかかります。すぐに一人で始めて、始まったものをおもしがってくれる人がそのうち加わってくれるだろうという楽観もありました。実際、運営はしだいに増え、現在五名。

一人では絶対に続いていなかったでしょう。仲間、というとスウィートすぎますが、複数運営は、作業量等の負担のシェア以上に、精神的なメリットが大きい。一人じゃないってだけで心強い、愉しいってことはたくさんあるものです。

たいへんじゃない理由は、まだあります。仕組み。スタイル。かっこよくいえば、週俳運営という仕事をデザイン(いわゆる意匠ではなく、仕事の設計面)するのに、「ラク」というのを第一のテーマにしました。じゃないと続かない。

週俳運営には、無料のブログサービスの操作性やらページの構成やら記事の企画・原稿依頼・作成やらさまざまな作業・仕事が関わってきます。それらを「ラク」という基準でつくりあげていく。さらにいえば、「決めない」ことも、ラクをするには大事だったりもします。ぜんぶを決めておくことはない。必要が生じたときに決めればいいという考え方です。

エネルギー効率を重視したということです。クルマでいえば燃費の良さ。週俳運営の要諦は、そこに換言できるかもしれません。

熱意を信じない、ということもあります。

なにかをスタートさせるときは、一般論としてね、なにがしかの希望に燃え、気分は高揚する。だから、いろいろと夢がふくらむ。心身の負担に無理がきく。でも、そうした薔薇色の感情はいつか衰退する。となれば、負担が重圧となり嫌気がさす。熱意の増減にかかわらず続けていく。その意味でも、ラクな仕組み・ラクなスタイルが必須です。

一方、例えばの話、私自身の熱意がゼロになったら、どうするか。週俳運営に対するというだけでなく、俳句への熱意が皆無になったとき。

そのときは、俳句から離れ、週俳運営からも離れればいいわけです。誰かが抜けても、続けていく気のある人がもしいれば続いていくし、いなければ終わる。

ところで、週俳には理念がありません。

理念を掲げて、その実現をめざすというやり方も世の中にあるのですが、週俳はそうではない。特定の理念に俳人・俳句愛好者が蝟集するというのはなんだか大仰だし、ちょっと皮肉にいえば、理念を掲げることは、その欠落を表明しているようなもの、という側面もあります。つまり、ないものねだり。そうではなくて、週俳が続いていくうちに実現してゆくものがおのずと理念をかたちづくっていくという考え方です。

基本方針は、求心力ではなく遠心力。

例えば結社に必須の求心力は、週俳には不要です。求心力をもてば、望むと望まざるとにかかわらず、一つの党派になります。媒体である週俳は、党派と無縁であるべき、というか、無縁でいたい。

「俳句」と誌名に謳いながら、川柳の記事がある、さらには音楽の記事があるのも、遠心力の一端です。


と、ここまで、週俳について書いてきて、私自身の俳句との関わり方に思いが到りました。つまり、それが週俳のあり方になんらかの影響を与えているという可能性。

私の個人的な信条や資質、趣味嗜好などを週俳に反映させてはいけない。創刊当初から現在にいたるまでずっとそう思ってきましたが、どうも、そのへんはあやしい。どうしてもそうなってしまう部分もあるかもしれない(他の運営の人たちも、それは同様でしょう。例えば、いちばん古くから週俳に関わっている上田信治さんにしても、そう。週俳には上田信治的成分も含まれているにちがいありません)。

週俳が始まるおよそ十年前、ふとしたきっかけで俳句を身近にするようになって、いまだに俳句を遊んでいるわけですが、いちばんだいじにしてきたのは、気ままということでした。

俳句と、気ままにつきあう。つくるのも気まま、読むのも気まま。心地よく機嫌よく俳句とつきあうには、気ままがいい。

もともと面倒くさがりなので、そうなってしまうのですが、例えば〈所属〉は要らない。というよりむしろ邪魔。結社や同人に参加したことはありますが、長く続けるものではないという気分。現在は「はがきハイク」という二名からなる俳誌(業界最小最軽量の俳誌)〔*〕のみが所属といえば所属。週俳が所属だろうとおっしゃる方がいそうですが、所属ではない。強いていえば、週俳運営を〈担当〉しているという感じでしょうか。

つくるなら、まぬけな句、ねごとのような句、と今は思っていますが、この先はどうかわからない。つくりつづけるかどうかもわからない。

自分の句を読んでくれる人が、いてほしいとは思いますが、たくさんの必要はない。一人あるいは数人、自分の読者がいてくれれば幸せです。この人数は、自分以外ということです。自分は、自分の句や散文を最初に読む読者であり、だいじな読者です。誰でもそうでしょうけれど、自分の書いたもの、とくに句は、自分で読んで愉しめるものでありたい。ともかく、一人あるいは数人の読者だけを念頭に置くと、書くものが気ままでいられます。

私的〈気まま〉と週俳はいっけん相性が悪そうです。日曜日ごとに更新され(驚くべきことに一度として休刊がない。ウェブサイトの右にバックナンバーへのリンクがありますから、見ていただけるとわかります。二〇一一年三月一一日の直後にも変則的なかたちで更新しています)、たくさんの人がそれぞれの頻度でかかわりつづけていく週俳は、〈気まま〉と遠い存在という見方もできます。気ままでやっていけるのか、続くのか? でも、それで続いているのだからしかたがない。

週俳にはどこか脱力、というか、肩肘張った感がまるでない感じがしませんか。この媒体にも〈気まま〉成分が含まれていると思うのですよ。

グルーヴィーでちょいユル。週末のファンクバンドのような『週刊俳句』であってほしい。私個人はそんなふうに考えています。


まとめ

1 すぐに旅立ちたければ、ひとりで。遠くまで行きたければ、複数で。(どこかで聞いた諺のよう)

2 理念は邪魔。熱情に頼ってはいけない。

3 しくみはだいじ。長く続けるものほど。 

4 求心力ではなく遠心力。

5 気ままがいちばん。力を抜く。


〔*〕「はがきハイク」は2026年3月・第27号をもって終刊。

2026年6月24日水曜日

●西鶴ざんまい#98 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #98
 
浅沼璞
 

  小車の錦八重の幕串    打越
 伽羅割の捺忘れ行く野は暮て 前句
  初夜にかならず燃る恋づか 付句(通算79句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・裏2句目=恋。
初夜(しよや)=戌の刻。現在の午後8時頃。

【句意】
夜更けに必ず(鬼火が)燃える恋塚。

【付け・転じ】
前句で鉈を忘れて行ったその原因を「地元の言い伝えを恐れたから」として転じた(結果に原因を付ける逆付)。

【自註】
其の野のすゑにひとつの塚のありしを、里人の申し伝へて、*むかし男をこがれ死にせし美女の墓所(むしよ)、かならず雨の夜などは、**執心の火となつて燃えてあがりける、と物語りせしに、女心におそろしく、暮の道をいそぎ、手道具もわすれし***心行を付け侍る。

*むかし男=昔いた男。在原業平を思わすか
**執心(しふしん)の火=嫉妬心の鬼火。
***心行(こゝろゆき)=内容主義の心付(今栄蔵『初期俳諧から芭蕉時代へ』笠間書院、2002年)。

【意訳】
野末に一つの塚のあったのを、地元の人が言い伝えて、昔いた男を慕って焦がれ死にした美女の墓で、きっと雨の夜などは、嫉妬心が鬼火となって燃え上がるのだ、と物語りしたのだが、(それを聞いた人が)女心に怖ろしく、暮れかかった道を急ぎ、手回りの小道具も忘れてしまった(そのような)心持ちによって付けています。

【三工程】
(前句)伽羅割の捺忘れ行く野は暮て

  里人申すことおそろしく  〔見込〕
     ↓
  こがれ死にして燃る恋づか 〔趣向〕
     ↓
  初夜にかならず燃る恋づか 〔句作〕 

前句で鉈を忘れて行ったその原因を、地元の言い伝えを恐れたからとし〔見込〕、〈どんな言い伝えか〉と問うて、焦がれ死にした美女の鬼火が墓所に燃えるとし〔趣向〕、前句「暮て」を受け「初夜」と時分を定めた〔句作〕。


【テキスト考察】
前回の自註「野遊び」に関してですが、やや説明不足だったかに思え、あらためて歳時記類を繙いてみました。以下、連句的な気づきもあったので記しておきます。

まず西鶴も見たと思われる『増山井』(1663年)では人事の「非季詞」に分類されおり、やはり雑の扱いであったようです。

下って『増補俳諧歳時記栞草』(1851年)になると「兼三春物」に分類されており、近現代と変わりません。ただ『栞草』の同項目には芭蕉の伝書といわれる『貞享式』(俳諧古近抄)からの引用も記されていて、こうあります――〈野遊と云ふことは、もとより川狩の名類(なくひ)ながら、平句の雑は勿論にて、春秋の二に用いることは、例の衆議によるべき也〉。

さきの『増山井』以降「川狩」は夏(六月)に分類されており、事情は複雑そうですが、ときに季の衆議が行われていたという記述は「座の文芸」として一考に値するでしょう。

2026年6月23日火曜日

〔ネット拾読〕Tomorrow Never Knows 縁暈・自虐・岡田一実・細村星一郎 西原天気

〔ネット拾読〕
Tomorrow Never Knows
縁暈・自虐・岡田一実・細村星一郎

西原天気


おひさしぶりです。2018年8月22日以来の〔ネット拾読〕です(≫labels)。わけのわからないタイトルを習わしとしていましたが、それは体力を使うので、曲名にすることにします。ひきつづき、記事内容とは無関係です。

それでは行きます。

岡田一実:季語の縁暈(えんうん)――私は本当に蛍を観ているのだろうか 2026年6月14日
リンクはこちら https://note.com/suisei13/n/n709fb3d302c1

米国の心理学者ウィリアム・ジェームズ(1842-1910)の概念を話のとばぐちに、季語について根源的に考察。
私たちは季語を経験しているようでいて、実は季語だけを経験していない。/このことを考えていて、ウィリアム・ジェイムズの「縁暈(えんうん fringe)」という概念に出会った。(岡田一実)
俳人としての(と言っていいのかどうか)感受性や洞察が、アカデミックな成果の一端と出会って、論を明確化・深化させていく例。
もし本意を季語の中心にある核だとするなら、「縁暈」はその周囲に広がる経験の層と言えるかもしれない。/(略)/そして、その「縁暈」は人によって異なる。同じ人のなかでも変化する。/(略)/季語は本意によって共同体と結びつく。/しかし同時に、「縁暈」によって個人とも結びつく。(岡田一実)

季語の動態的な働きをシンプルに把握。

本意だけなら歳時記になる。
「縁暈」だけなら日記になる。

俳句はその両者のあいだに成立しているのではないだろうか。

細村星一郎:巨大俳句時評─2026/2

リンクはこちら https://haiku.monster/contents/commentary-h5

前半(=はじめに:自滅する俳人)と後半(=あらためて角川「俳句」の作品欄を読んでみる)で別のふたつの論考が合わさったような記事(つなぎの工夫はあるものの)。前半は、ざっくり言うと、俳句ジャンルへのネガティヴな思いばかり募らせるのってよくないよね、といった把握(ざっくり過ぎるわ)。
問題は俳句と向き合う上での必要悪ともいえる自虐が、自分でも気づかないうちに「自滅行為」へとすり替わってしまうことの恐ろしさである。(細村星一郎)
ただ、この部分はどうも本旨ではなく、前半の後半にある《「伝統を敵視する」ことにかんする病的な傾向》に関する事柄が、ほんとうに言いたいことのようだ。

俳句における伝統敵視について、実体なく人々の心に広がっている社会不安になぞらえる。このあたりは腑に落ちないこともない。伝統というより、有季定型派(はんぶん造語)かな? 非=有季定型派の、俳句エスタブリッシュメントを形成しているかに見える有季定型派への恨みつらみ。

こうした心情的な部分(論理に回収できない気持ちの部分)の複雑さは、細村自身に深く関わっていることも軽く吐露されている。曰く、《これらの言葉の行き先がどれも、かつての自分自身であるということだ》。

ここまで読むと、最初に提示された《自虐》《自滅》が、俳句世間全体をいうものではなく、伝統的な有季定型(の厚遇)を恨む人たちにもっぱら属する、という、細村氏の把握がはっきり見えてくる。

そうした、いわばルサンチマン的な言説を目にしないわけではないが、それもまた仮想敵ではないのか。お互いがお互いの仮想敵。

で、後半です。

いやいや、こんなことに拘泥して部屋にこもりっきりのような心持ちではいけないというわけで(それでかまわないと私は思うけどね)、
では、どうすれば僕らは妄想に取り憑かれることなくこの弱味と向き合っていけるのだろうか。それはきっと、いま目の前に提示されているものを誠実に読んでいくことのほかにないのだろう。僕のようなものがこうしてウジウジしている間にも俳句は無数に作られ、世に出され、そして論じられているのだから当たり前だ。(細村星一郎)
むりやりつないだなあ、とは思うけれど、「定期」リリースを優先させた時評なので、事情はわかる。

ここでは、《俳句は無数に作られ、世に出され、そして論じられているのだから》という進行上の定型文に、ちょっと引っかかっておきたい。《俳句は無数に作られ、世に出され》に異論はない。これでもかというくらいに《無数》に作られまくっている。昨今のSNSを含めれば《世に出され》る量もかつてよりもはるかに多い。しかし、《論じられている》か?

それよりまえに、読まれているか? 俳句って。
高山れおな 俳句など誰も読んではいない
2008年8月9日、ウェブサイト「俳句空間 豈weekly」創刊のことば
この状況は18年経った現在も変わってはいないと思う。俳句は読まれない。俳人諸氏がもっぱら読むのは自分の句でありせいぜい近所の句。

俳句など誰も読んではいない。読まれないものは論じらない。よしんば論じられとしても、誰もそれを読まない。

まあ、それでも、読み、論じる以外、ない。その覚悟は必要とばかりに、この論考も、後半、そこに向かって突き進む。角川『俳句』2026年2月号に掲載された俳句作品(しばしばハード極まりない荒野)を、細村氏はどんどん読んでいく。

ていねいな読み方。示唆に富む箇所もある。

仁平勝の箇所では、
坪内稔典もそうだが、あれほどクリティカルな論考を飛ばしていた彼らが揃いも揃ってこうした平易性や通俗性といった方向に向かっていくのはどうしてなんだろう、としばしば考える。(細村星一郎)
とある。論考と作句は切り分けるべき、といった一般論よりも、俳句作品上の「通俗性」ってなかなかに手強い概念ですよね。「ただごと」や俳句的脱力とも関わるし。といった私の軽い懸念はさておき。

ともあれ、丹念な読みが展開されている。読者諸氏におかれましては、ぜひとも原文(リンク先)をお読みくださいませ。


それではまた。次はいつになるかわかりませんが。


2026年6月19日金曜日

●金曜日の川柳〔ヒロハシサギ〕暮田真名



暮田真名





まな板の裏を見せ合う恋人たち  ヒロハシサギ

見せ合っている、ということは、一人一枚まな板を持ち、まな板は最低でも二枚以上あるということだ。所有するまな板の枚数には個人差があるだろうが、わたしは一枚である。だからだろうか、この句の「恋人たち」はまだ同棲はしておらず、それぞれの家にあるまな板を持ち寄っているような気がする。

両面使うことにしているというのでなければ、まな板の裏をまじまじと見る機会はなかなかない。伏せられているものを持ち上げて見るという動作は、石の裏のダンゴムシを観察する行為をも想起させる。とくべつ美しくもない、秘められた領域を見せ合うという意味では、まさしく恋人たちにふさわしい行いと言えるかもしれない。

おもしろいのは、立てられたまな板は、恋人たちを隔てる壁にもなっているところだ。さながら、盾のように。近づきつつ遠ざかる、遠ざかつつ近づく。平熱の恋の句である。

2026年6月16日火曜日

【新刊】鴇田智哉『高屋窓秋の百句』

【新刊】
鴇田智哉『高屋窓秋の百句』



版元ウェブサイト



2026年6月12日金曜日

●金曜日の川柳〔天谷由紀子〕八上桐子



八上桐子





櫛の歯は等間隔で逃げられぬ 天谷由紀子

手に取った櫛の歯の等間隔を意識したとき、まるで檻のようなその内側に閉じ込められている自分を発見したのだろう。

この句は、誰(なに)が、どこから逃げられないのか書かれていない。窮屈な社会や組織、家庭のことかもしれないし、櫛の歯自身としても読める。

作者本人のことと読んだのは、句集のなかに、どこか危うい状況を冷静に書きとめた作品が多いせいだ。

おはじきと鍋の間にある扉

満月になるまで鉛筆を削る

ひなげしが折れないように受話器おく

目に映るこの世界の歪みと、そこにいる私を淡々と見つめている。

石には石の力があって、ぎゅっと握りしめると安心するように、折々にひらいてしまう句集なのだ。

『白いみしん』 (2001年/私家版)

2026年6月8日月曜日

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2026年6月5日金曜日

●金曜日の川柳〔千春〕西原天気



西原天気





どうしよう赤信号が幻に 千春

《赤信号が幻に》なった瞬間からの、この人のこの状態から推測するに、信号機のサインは、なんらかの標/導(しるべ)であったにちがいない(信号機側からすると、それは本懐だ)。

ここで、読者たる私が、この人に向かって告げることは、もう決まっている。

赤が幻になった以上、そこには青しかない。否、青も黄色もない。どうしようもないくりあ、どうにでもしていい、何をしようがかまわない、ということだと思いますよ、はい。

世界ぜんぶが、この人の意のままになる。この人のものになる。その一瞬手前の「どうしよう」。一歩手前の不安や逡巡。それは、歩き出す、駆け出す前の足踏みなのだと思います。

掲句は千春句集『こころ』(2024年4月15日/港の人)より。

2026年6月3日水曜日

●西鶴ざんまい#97 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #97
 
浅沼璞
 

 神軍春の丸雪におどろかせ  打越
  小車の錦八重の幕串    前句
 伽羅割の捺忘れ行く野は暮て 付句(通算79句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・裏1句目=折立。雑。
伽羅割の捺(きやらわりのなた)=香木を割る鉈。

【句意】
香木を割る鉈を忘れた(野遊びの後の)野原は暮れていく。

【付け・転じ】
神軍の錦や幕串を、女官たちの野遊びのそれと取成した転じ。

【自註】
*見わたせば都はにしきの幕うちて御所の女中の野あそび、**萩も薄も手折りて***捨草となれり。万のむしを追ひまはし、しどもなく日を暮し、今朝とは替り、道いそぐ風情、姿まばらになつて足音高く爰を立ちて、かへさの跡を、其の里の子、千種わけ行くに、つかひ捨てし楊枝に伽羅割の道具を取りおとされし。

*見わたせば都は=〈見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける〉(素性法師・古今集)
**萩も薄も=自註では秋の設定だが、付句では雑。
***捨草(すてぐさ)=抜き捨てた草。無用物のたとえでもある。

【意訳】
「見渡せば……」の古歌のとおり錦の幕を張り、禁中の女官たちの野遊び、萩も薄も手折って無用のものとなる。さまざまな秋の虫を追い回し、わけもなく一日過ごし、(往路の)今朝とは違い、帰路は急ぐ様子で、姿もまとまりなくばらけて足音を高く響かせ、ここを出て、その帰った跡を、村里の子供らが雑草を踏みわけて行くと、使い捨てた楊枝に、伽羅割の道具まで取り落とされたようで。

【三工程】
(前句)小車の錦八重の幕串

  見わたせば御所の女中の野あそびか 〔見込〕
     ↓
  しどもなく野あそびしては道いそぎ 〔趣向〕
     ↓
  伽羅割の捺忘れ行く野は暮て    〔句作〕

前句の錦や幕串を女官たちの野遊びのそれと取成し〔見込〕、〈どんな一日か〉と問うて、わけもなく乱雑な様子を描き〔趣向〕、挙句の果てに「伽羅割の捺」を忘れた、その夕景をクローズアップした〔句作〕。

【テキスト考察】
1686年刊『好色五人女』巻一ノ三には当世(江戸時代)の野遊びが描かれており、ここでも里の子が出てくる。時代設定は違っても、「野遊び→里の子」の流れは西鶴の好みであったのだろう。
原文を引いておこう。

「但馬屋の一家(=姫路のとある商家の女たち)、春の野遊びとて、女中籠つらせて、(中略)松も若緑立ちて、砂浜の気色、またあるまじき詠めぞかし。里の童子、さらへ手毎に落葉かきのけ、松露(しようろ)の春子を取るなど、菫・茅花を抜きしや……」

松露とは、海辺の松林に生える食用キノコ。

そういえば本作・独吟百韻33句目〈色うつる初茸つなぐ諸蔓(もろかづら)〉の自註にも地元の子供たちがキノコ採りをする描写があった。

2026年5月29日金曜日

●金曜日の川柳〔宇佐美眞一〕まつりぺきん



まつりぺきん





柔らかな拒絶の上に建てる塔  宇佐美眞一

「塔」と聞いて、何を思い浮かべるでしょう。五重塔、エッフェル塔、今なら東京スカイツリーでしょうか。
ただこの「塔」は、もっとプリミティブなもの――たとえばバベルの塔を連想させます。

単一の言語を奪われ、言葉を分かたれた人々が、相互の理解を断たれ、その共同性を失った物語。
そう考えると、「拒絶」という言葉にも納得がいきますが、この句はそこに「柔らかな」という形容を添えています。
拒絶という本来は硬い印象の行為が、なぜか柔らかい。断ち切りたいのに断ち切れない、人間の曖昧さが垣間見えます。

そして、その「柔らかな拒絶」の上に、また「塔」を建てるというのです。人間とは懲りないものですね(笑)
分断し、距離を取り、それでもまた新しい何かを築こうとする。まるで「今度こそ」と言いながら、結局は何度も同じ場所を歩いているように。

私たちは前進しているつもりで、実はメビウスの輪の上を歩いているだけなのかもしれない――そんな静かな問いを、この一句は投げかけているように思えます。

「フードコートへ放牧」(『ときどき放課後、ときどきパラソル』2025)より

2026年5月24日日曜日

【BOOK】 『音数で引く俳句歳時記・夏』『俳句講座 季語と定型を極める』

【BOOKS】
『音数で引く俳句歳時記・夏』『俳句講座 季語と定型を極める』


岸本尚毅監修・西原天気編『音数で引く俳句歳時記・夏』

岸本尚毅『俳句講座 季語と定型を極める』


2026年5月22日金曜日

●金曜日の川柳〔青砥和子〕まつりぺきん



まつりぺきん





副作用かもしれないプリン食べたい  青砥和子

「副作用」という言葉は、歩んできた人生経験や過ごした時間によって捉え方が変わりやすい、デリケートな言葉のひとつだと思います。

そういった少し重い語を頭に置いておきながら、軽やかにパロール味たっぷりな「プリン食べたい」。

重さをほんの少しやわらげています。何となくホッとしませんか?

前後の落差を考えると、破調でありながら口語的リズムがむしろ奏功しているように思います。

もし今後、「副作用」という言葉に多くの方がナーバスになる時代があったとしても、この句を思い出せば、少し気持ちも楽になるのではないでしょうか。

『雲に乗る』(2023)より。

2026年5月20日水曜日

●西鶴ざんまい#96 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #96
 
浅沼璞
 

  山吹しぼむ岸の毒水    打越
 神軍春の丸雪におどろかせ  前句
  小車の錦八重の幕串    付句(通算78句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
三ノ折・裏14句目。綴目。雑(其場の付)。
小車の錦(をぐるまのにしき)=牛車(ぎつしや)をデザインした大和錦。
幕串=幕を張るための支柱。

【句意】
(伊勢神宮の)小車錦の帳(とばり)、(それを張りめぐらすための)八重の幕串。

【付け・転じ】
神軍の勝利を伊勢の神によるものと取成し、その陣営の具体的な描写へと転じた。
※内外宮(うちとのみや)伊勢 ― 神風(類船集)。

【自註】
かけまくもかたじけなしや、小車の錦は伊勢太神宮の*御戸帳といへり。此ひかり、日本にかゝやき、是を其時の**陣幕にして付よせたり。

*御戸帳(みとちやう)=神仏の厨子などに垂らす帳。  
**陣幕(じんまく)=陣屋に張り渡す幕。軍幕。

【意訳】
言葉に出して言うことさえも恐れ多いけれども、小車の錦は伊勢の皇大神宮の神前の帳に用いられているという。この御威徳の光は日本中にかがやき、これをその戦時の陣幕に思いなして付け寄せたのである。

【三工程】
(前句)神軍春の丸雪におどろかせ

  伊勢太神宮ひかりかゝやき 〔見込〕
     ↓
  伊勢の陣幕ひかりかゝやき 〔趣向〕
     ↓
  小車の錦八重の幕串    〔句作〕

勝利は伊勢の神の御威光よるものと取成し〔見込〕、〈戦場はどんな風景か〉と問うて、陣幕も光りかがやくとし〔趣向〕、その錦や幕串をクローズアップした〔句作〕。


【テキスト考察】
『訳注西鶴全集2』ではこの付句に関し、〈八重は備への十分を現はすと共に、八重の潮路を兼ねて示したものか〉と問うだけでなく、〈こゝは神軍で、想像上のものであるから、海上の陣幕と見るべきであらうか〉とも問うている。となれば、船の描写は一切ないから「幕串」は海から突き出て八重に屹立したものと解せる。かなりSFチックな光景だ。

そういえば西鶴には高屋城跡を詠んだ「月しろのあとや見あぐる高屋ぐら」という発句もあった。月の出の空が白む頃、城跡の空を見上げると、かつての高櫓が……といったタイムスリップ詠である。

2026年5月19日火曜日

【新刊】 小津夜景『漢詩の手帖 書庫に水鳥がいなかった日のこと』

【新刊】
小津夜景『漢詩の手帖 書庫に水鳥がいなかった日のこと』

2026年5月7日・素粒社




2026年5月18日月曜日

【新刊】神野紗希『俳句は肯定の文学 口語・他者・偶然』

【新刊】
神野紗希『俳句は肯定の文学 口語・他者・偶然』

2026年4月1日・朔出版




2026年5月17日日曜日

★週刊俳句の記事募集

週刊俳句の記事募集


小誌『週刊俳句』がみなさまの執筆・投稿によって成り立っているのは周知の事実ですが、あらためてお願いいたします。

長短ご随意、硬軟ご随意。※俳句作品を除く

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同人誌・結社誌からの転載

刊行後2~3か月を経て以降の転載を原則としています。 ※俳句作品を除く

【記事例】 

俳誌を読む ≫過去記事

俳句総合誌、結社誌から小さな同人誌まで。かならずしも号の内容を網羅的に紹介していただく必要はありません。

句集を読む ≫過去記事

最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

時評的な話題

イベントのレポート

これはガッツリ書くいていただくのはなかなか大変です。それでもいいのですが、寸感程度でも、読者には嬉しく有益です。



そのほか、どんな企画でも、ご連絡いただければ幸いです。

2026年5月15日金曜日

●金曜日の川柳〔西田雅子〕暮田真名



暮田真名





ある夏の白いページに二泊する  西田雅子

みじかい滞在である。「白いページ」はホテルの一室のよく磨かれた床のようでもあり、洗い替えられた清潔なシーツのようでもある。

「二泊」という単語選びは、「白」を含む「泊」という漢字の上でも、「ハク」という音の上でも、「白いページ」のまばゆさを確かなものにする。夏の強い太陽光の照り返しが、目に見えるようだ。

ところで、白いページとはどのようなものだろう。単行本、文庫本ならば、乱丁本かもしれない。「ある夏」だから、アルバムや日記の可能性もある。その場合は、記録することがなかった、あるいは記録のための時間がなかった、宙に浮いた期間である。いずれにせよ、白いページは人間の作為から解き放たれて無防備だ。そこを気に入った何者かが、すこしのあいだ寝泊まりをして、やがて去っていく。長居をしないところもいい。

白いページは開かれたまま、次の訪れを静かに待っている。

2026年5月8日金曜日

●金曜日の川柳〔柴田午朗〕湊圭伍



湊圭伍





いやな世が来て新聞がおもしろい  柴田午朗

『柴田午朗句集―伯太川』(日本現代川柳叢書題18集)芸風書院、1990年。

今まさに「いやな世」が来ているが、べつに新聞は面白くならない。

という意味でこの句は嘘だなあ。

川柳は社会性や政治性から評価されることも多いけれども、その社会性や政治性は各時代のもろもろの状況にもたれ過ぎていて、時間が経つと雲散霧消する程度のものだ。同時代の、だいたい同じイデオロギーの人間の儚い共感を呼ぶために、社会や政治が使われてきたのだ。

掲句はしかし、そうしたベタな川柳の社会性、政治性からは辛うじて距離をとって、したがって、少なくとも今の時代でも興味をもって読み得る句になっている。「いやな世が来」たなあ、それと、「新聞がおもしろい」なあと、二つの印象がそれなりの納得をもってつなげられた時代があったのだという、現在からの発見が、現在にこの句を読むことにはある。

その発見の感覚が生じるのは、「いやな世が来て」まで7音、「新聞がおもしろい」の10音での2句の切れになっていて、2つの認識にそれぞれ一つのまとまりが充てられているからだ(それとは別に575音でも切れる安心感もあるが)。この2つの言葉=認識のまとまりに飛躍があることが句構造で明示されているのである。

そこから、「いやな世が来」たのに、「新聞がおもしろ」くはないという、私たちの実感が、句の内容へのいささかの反発とともに立ち上がってくる。じゃあ、今、何が面白いのか。代わりになる面白いものがないように感じるとして、それがどうしたのか。

そもそも、掲句で「おもしろい」と言っている主体は、本当に「おもしろい」と感じているようには思えない。多重に屈折したイロニーがそこにはあり、私たちの読みも最後には「おもしろい」という感情の社会性や政治性へと至る。この句と同じ視点に立てなくとも、私たち自身のメディアや言説の環境において、私たちは何を面白がらされているのか、について考えるのである。

2026年5月6日水曜日

●浅沼璞 西鶴ざんまい #95

 

西鶴ざんまい #95
 
浅沼璞
 

 此の夕孤猿身を断つ峯の花  打越
  山吹しぼむ岸の毒水    前句
 神軍春の丸雪におどろかせ  付句(通算77句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
三ノ折・裏13句目。花の定座だが前述のとおり二句引き上げられている。  春(春の丸雪・あられ)。  神祇(神軍・かみいくさ)=神々の戦い、または神の軍勢。

【句意】
神々の軍勢は(時ならぬ)春の霰を降らせ(敵を)おどろかせる。

【付け・転じ】
毒魚による水の有毒化を、神軍によるものと見替えての転じ。

【自註】
*古代もろこしより**嶋人の数かぎりもなく海船に乗りつゞきて日本(に)渡りしを、***住吉明神をはじめとして、風の神、****番袋の口をあけて、俄に大風を吹かせ、雨の宮は時ならぬあられをうら/\にふらせ給へば、是(これ)皆毒液となつて、是はならぬとにげて行くとぞ。

*古代もろこしより……=奈良絵本「八幡本地」、謡曲「白楽天」などによる。 
**嶋人(しまびと)=外国人。ここでは唐土人。
***住吉明神=海の神として信仰された。〈住吉の神、近き境をしづめ守りたまふ〉(源氏・明石)。〈すみよしも力一ぱい神軍〉(大矢数・第二十一)。
****番袋(ばんぶくろ)=雑多なものを入れる大きな袋。ここでは風神の持つ風袋。

【意訳】
むかし唐土から唐土人が数限りなく船に乗ってつぎつぎ日本にやってきたのを、住吉明神をはじめとして(神々が集まり)、風神が風袋の口をあけて突然強風を吹かせ、雨の宮の神が季節外れの霰を浦々に降らせなさると、それによって海水はみな有毒化されて、これはいかんと(唐土人は皆)逃げ帰ったとか。

【三工程】
(前句)山吹しぼむ岸の毒水

  あらたかな住吉の神なし給ふ 〔見込〕
     ↓
  もろこしの海船つゞく神軍  〔趣向〕
     ↓
  神軍春の丸雪におどろかせ  〔句作〕

海水の有毒化を、住吉の神によるものと見替え〔見込〕、〈なにが目的か〉と問うて、唐土との海戦で相手の船を追い払うためとし〔趣向〕、春の霰による撃退法を素材とした〔句作〕。

【テキスト考察】
神風の元ネタとして、前述のとおり「八幡本地」や「白楽天」を諸注はあげている。くわえて元寇に言及しているものもある(『訳注西鶴全集2』、『新編日本古典文学全集61』等)。しかし自註にある「あられ→毒液」の出どころは判然としない。元寇で毒矢が使われたのは知られているけれど、使ったのは敵側だし、霰とは関係がない。「あられ→毒液」は前句の「毒魚→毒水」を転じた西鶴の創作であろうか。元ネタの有無についてはもう少し調べてみる必要がありそうだ。