相子智恵
春荒れに煙と父と巻き上がる 仁科 淳
春荒れに煙と父と巻き上がる 仁科 淳
句集『妄想ミルフィーユ』(2021.6 ふらんす堂所収)
「春荒れ」は春の強風・突風を指す。「煙」は砂煙ではなく、火から立ち上る煙であろう。強い風に煙が巻き上がるのは分かるとして、〈父と〉というのが異様だ。父の存在がとても軽くなって、突風に翻弄されるように、煙とともに巻き上がっていってしまう。父に対する鬱屈した思いが〈春荒れ〉の荒々しさと〈巻き上がる〉の軽さに現れている。そうでありながら読後感は鬱屈を通り越し、浄化されたような寂しさがある。
〈看取られず父逝けどなほ千代の春〉や〈春ちかくうらら法衣のはためけり〉という句が近くにあり、もしかしたらこれは火葬の煙なのかもしれない。そのほうが景としてはしっくりくるが、それでも掲句の謎に満ちた複雑な読後感は変わらない。気持ちを直接吐露する句が多い本集において、掲句はそこを一歩抜けた昇華があると思った。
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