2023年11月20日月曜日

●月曜日の一句〔柿本多映〕相子智恵



相子智恵






野は無人きのふ冬日が差しました  柿本多映

句集『ひめむかし』(2023.8 深夜叢書社)所収

掲句の〈野は無人〉の寂しさと、〈きのふ冬日が差しました〉の懐かしいようなあたたかさからは、虚子の有名句〈遠山に日の当りたる枯野かな〉が、奥底に滲んでくる。
そう読むのは、他の作者の俳句ではあまり良い読みとは言えない場合もあるが、先人に語りかけるような本歌取りの句が散見される本句集では、そして柿本氏の作風からは、その滲みが句をさらに豊かにすると思うのだ。もちろん言うまでもないことだが、掲句は一句独立して個性的な佳句である。

この〈野は無人〉は今日のことだけで、昨日は人がいたのかもしれないけれど、私は昨日も、その前も無人だったのかもしれないと想像してしまう。「誰もいない」というようなやわらかい書き方とは違う、〈無人〉というきっぱりとした硬さの中に、どこかSFっぽい雰囲気があるためだ。

人類が滅んでしまった野のような気がしてくると、〈きのふ冬日が差しました〉のあたたかな記憶は、誰が語っているのだろうかと考えてしまう。この世にいる最後の一人のような気もしてくる。これは想像を広げ過ぎた読みだが。

絵本のような語りの内容とリズムのよさによって、〈差しました〉の口語が、あまり散文的に感じられてこないことも指摘しておきたい。虚子の〈枯野かな〉の切字のような重みと懐かしさが感じられてくるのである。

0 件のコメント: