願ひに秋の氷取り行く 打越
吉野帋さくら細工に栬させ 前句
鹿に連泣きすかす抱守 付句(通算58句目)
吉野帋さくら細工に栬させ 前句
鹿に連泣きすかす抱守 付句(通算58句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【句意】鹿につられて泣く(乳児を)宥めすかす抱き乳母。
【付け・転じ】前句の桜細工を乳児用の玩具に見立て、それで乳児をあやす抱き乳母を付けた。
【自註】「*紅葉に鹿」は正風の付合ながら、栬(もみぢ)に**付寄せのうとき物を付るよりは、是(これ)いつとてもよし。「花に蝶」「水に蛙」、***付よせ物也。前句の「作り花」を子どものもてあそびに付なし、「鹿とつれ泣き」と句作り、機嫌直しの花、紅葉にいたせし、抱き乳母が****才覚心なり。
*紅葉に鹿=〈付かたは梅に鶯、紅葉に鹿〉(本作・序)。 **付寄せのうとき物=縁語に寄らない付合。このへんの二律背反については今榮蔵氏の指摘あり(後述)。 ***付よせ物=付物と略す場合あり。 ****才覚心(さいかくしん)=9句目の自註に〈母親の才覚〉という用例あり。
【意訳】「紅葉に鹿」は連歌以来の伝統的な付合であって、わざわざ紅葉に縁の薄い言葉を付けるより、これは何時でもよく付く。「花に蝶」「水に蛙」、これらも縁語である。前句の「作り花」を子どもの玩具として見込み、「鹿とつれ泣き」と句作りし、機嫌直しの「作り花」を紅葉させたのは、抱き乳母の知恵・才覚である。
【三工程】
(前句)吉野帋さくら細工に栬させ
子どもらのもてあそびにぞよし 〔見込〕
↓
才覚心を見する抱き乳母 〔趣向〕
↓
鹿に連泣きすかす抱守 〔句作〕
前句の桜細工を乳児用の玩具に見立て〔見込〕、〈誰の才覚か〉と問うて、抱き乳母の知恵・才覚と見なし〔趣向〕、「紅葉に鹿」の伝統的な縁語によって具体化した〔句作〕。
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今榮蔵さんの*研究によると、この『百韻自註絵巻』の四割が詞付けによる親句で、残り六割が元禄疎句体らしいです。
「そりゃ塩梅よう巻けとるいうことやろ」
でも今さん、けっこう辛口で、旧派の大物として親句に固執した面と、現俳壇の宗匠として新しい疎句体に妥協した面と、晩年の鶴翁は二律背反をおかしていた、って。
「ずいぶん意地のわるい見かたやな。元禄の新しい句作りを得たから『世間胸算用』が書けたんやで」
なるほど。『胸算用』は縁語の少ない新しい文体で書かれているってのが通説ですけど、それって俳風ともつながってたんですね。
「おなじ人間が創ってるんやから当たり前の話や。それを俳諧では〈妥協〉いうて難じるんは御門違いも甚だしいわ」
*『初期俳諧から芭蕉時代へ』笠間書院(2002年)
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