樋口由紀子
月の夜を何処から何処へゆく柩
時実新子(ときざね・しんこ)1929~2007
不思議な川柳である。奇妙なくらい明るい月の夜だろう。月明かりのもとにゆらゆら揺れて、何処かに運ばれていく柩。あたりはしんとしていて、風の音も虫の音もしない。ただ、柩が運ばれてゆく。「何処(どこ)から何処(どこ)へ」の意味を含ませながらのリズムが心地よい。
時実新子その人が柩のなかに横たわっているような気がする。何処かに自分が運ばれてゆく。人任せにすることがこんなに気楽なこと、そんな心境になれたことを、第三者的な視点で自分の死を見ている。何歳の時の作かはわからないが、もちろん生存中にすでにそんな心境になっていたのだ。ドラマ性があり、独特の雰囲気を纏わせて、絵になる。刹那のありようがいかにも新子らしい。『時実新子全句集』(1999年刊 大巧社)所収。
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