西鶴ざんまい #84
浅沼璞
今胸の花ひらく唐蓮 打越
蟬に成る虫うごき出し薄衣 前句
野夫振揚げて鍬を持ち替へ 付句(通算66句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】三ノ折・裏2句目。 雑。 野夫(やふ)=農夫。
【句意】農夫は振上げた鍬を持ち替えている。
【付け・転じ】前句の蟬の脱皮・羽化を畑の土中の虫のようなものの様子と見なし、農夫に発見させた。
【自註】里人(さとびと)、野に出でて*ものつくりせしに、土中より目なれぬ**虫などの動き出でしに、気を付けて、ふりあげたる鍬をおろさず、しばし見合はせたる身振りを付けよせける。
*ものつくり=農作。 **虫など=虫のようなもの。
【意訳】田舎の人が野に出て農作業をしていたところ、土の中から見慣れない虫のようなものが動き出したのに気がついて、ふりあげた鍬をおろさず、しばらく様子をみるしぐさを付け寄せた。
【三工程】
(前句)蟬に成る虫うごき出し薄衣
ものつくりせし土の中より 〔見込〕
↓
野夫振揚げて鍬をおろさず 〔趣向〕
↓
野夫振揚げて鍬を持ち替へ 〔句作〕
前句の羽化する蝉の蛹を土中の虫のようなものと見なし〔見込〕、〈それを見つけた者はどうしたか〉と問うて、農作業を中断したとし〔趣向〕、「鍬を持ち替へ」と暫し様子見のしぐさを活写した〔句作〕。
前にも農夫が作業中に棺桶を掘り当てる句がありましたね。
「掘り当てて哀れ棺桶の形消え、やろ」
そうです、そうです。それにしても鶴翁は商人出身なのに、農業の句、意外とありますね。
「わしらん頃の商人(あきんど)はな、もともと農家の次男・三男いうのが珍しくなかったんやで」
それで農作業のこととか聞き及んだんですか。
「そやな、話し上手の聞き上手、地獄の耳の耳学問や。呵々」
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