西鶴ざんまい #92
浅沼璞
鴻の巣おろす秋の夜の月 打越
平調の笙の息つぎ静にて 前句
詩人時節の露を哀み 付句(通算74句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】
三ノ折・裏10句目。 秋(露)。 述懐(哀み・あはれみ)。
【句意】
漢詩人は時節柄、秋のはかない露を哀れんでいる。
【付け・転じ】
笙の演奏からその奏者である詩人の述懐へと転じた。
【自註】
詩を作りてうたひ、*林間に酒好き老人、何か世に心にかゝる秋もなく、月の入(いる)山を惜しみ、朝日に露をあはれみ、明暮(あけくれ)たのしみを極め、有る時はまた笙をふきて**秋風楽の舞の袖、***同じ心の友のおもしろし。
*林間に酒好き老人=白楽天・李白などのイメージ。「詩 ― 盃の友」(類船集)。
**秋風楽(しうふうらく)=雅楽の一曲。四人舞。〈秋風楽舞ひたまへるなむ〉(源氏・紅葉賀)
***同じ心の友=〈同類や同じ心の友千鳥〉(大矢数・第27)
【意訳】
漢詩を作って自ら吟じ、林間にあって酒好きの老人は、何か浮世に心懸かりな秋とてなく、月の山の端に入るを惜しみ、朝日に消える露を哀れみ、明け暮れ遊楽を極め、ある時はまた笙を奏でて秋風楽を舞う袖の、おなじ心の友がいるのも面白い。
【三工程】
(前句)鴻の巣おろす秋の夜の月
詩をつくりてはうたふ老人 〔見込〕
↓
詩人朝日に露を哀れみ 〔趣向〕
↓
詩人時節の露を哀み 〔句作〕
前句の笙の奏者を漢詩人と見立て〔見込〕、〈どのような心情なのか〉と問うて、「朝日に消える露を哀れむ」と秋の述懐にし〔趣向〕、「時節」という措辞で句をととのえた〔句作〕。
【テキスト考察】
このたびの自註ですが、〈月の入る山を惜しみ〉というのは、〈桜も散るに歎き、月は限りありて入佐山(いるさやま)〉という『一代男』冒頭を思わせるというだけではありません。〈明け暮れたのしみを極め……同じ心の友のおもしろし〉とつづく自註は、やはり『一代男』冒頭の〈寝ても覚めても「夢介」と替へ名呼ばれて、名古屋三左(さんざ)、加賀の八(はち)などと、七つ紋の菱に組して、身は酒にひたし〉の展開に似ています。隠遁詩人を描くに際し、傾き者「夢助」の文脈をもってするとは、さすがに西鶴というほかありません。
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