coffee and cigarettes
桃食うて煙草を喫うて一人旅 星野立子
よこたはる煙草いつぽん冬帽子 秋元不死男
ひとり夜の煙草火で焼く蝗かな 赤尾兜子
セルの袖煙草の箱の軽さあり 波多野爽波
珈琲濃しあさがほの紺けふ多く 橋本多佳子
あたたかしのむコーヒーも濃く甘し 京極杞陽
コーヒ店永遠に在り秋の雨 永田耕衣
珈琲を飲むとき冬の日は斜め 今井杏太郎
2010年5月30日日曜日
2010年5月29日土曜日
●ホトトギス雑詠選抄〔20〕麦・下
ホトトギス雑詠選抄〔20〕
夏の部(五月)麦・下
猫髭 (文・写真)
「麦の秋」とは「秋は百穀成熟の時であるが、麦は夏日の下に黄熟する。それでかういふ名がある。まだ烈日といふ程でもなく、満目新緑のなかに麦が黄熟するのは美しい。麦秋(むぎあき)」(虚子『新歳時記』)。
「麦秋」をどうして虚子はバクシュウではなく、ムギアキと読ませたのだろう。
というのは、短く鋭い音を好んだ虚子であれば「ムギアキ」という間延びした音韻ではなく「バクシュウ」という締まった音韻を好むような気がするし、何と言っても「麦秋」といえば、昭和26年の小津安二郎の最高傑作『麦秋(ばくしゅう)』(英語名『Early Summer』)がある。個人的には、これが世界映画史上の最高傑作でもある。
詩人の田村隆一も常連だった鎌倉の『映画館』の主、新井勝さんは小津映画を語らせたら左に出る奴はいるかもしれないが右に出る奴はほとんどいないほどの小津は俺のもんだという筋金入りの小津ファンで、わたくしも原節子の紀子三部作(『晩春』『麦秋』『東京物語』)に憧れて、彼女の家の近くに引っ越したほどだから、この二人が『麦秋』の話を始めると、ほとんどセリフも言えるので、今日はどっちの役やる?二本柳寛の息子役、杉村春子のお母さん役、などと、とっかえひっかえ再現シーンを果てしなくやるという映画馬鹿である。それほどこの映画は、ファーストシーンからラストシーンの麦畑まで、間然として見果てることのない映画人の思いが込められている。
虚子は鎌倉を舞台にした小津映画をどう見ていたのだろう。小津も俳句をやるが(艶っぽい俳句を詠む)、虚子とは関わりがなかったのだろうか。わたくしの行きつけの天婦羅屋や呑屋には小津安二郎や小林秀雄や永井龍男などの名前がついた食べ方があるが、わたくしが知らないだけかもしれないが、虚子の行きつけの店は鎌倉で出会ったことがない。小津ファンであれば「麦秋」はバクシュウだが、虚子はムギアキとわざわざ読ませている。まさか、小津に張り合っているわけではあるまいが、いや、案外、虚子は変に見栄っ張りなところがあるから、映画ではバクシュウかもしれませんが俳句ではムギアキです、なんぞと言い張っていたのかもしれない。
それは冗談だが、麦の句は佳句が並ぶ。
麦刈や娘二人の女わざ 鬼城 大正2年
麦秋や頬を地につけて風呂火吹く 泊雲 大正6年
麦秋や病馬厩に吊られ居り 崑山 大正10年
麦の穂はのびて文福茶釜道 風生 昭和5年
たふれたる麦の車の輪が廻る 橋本鶏二 昭和7年
道しるべ多き嵯峨野の麦の秋 倉西雅三 昭和10年
麦の秋夜な夜な赤き月を待つ 池内友次郎 昭和12年
夏の部(五月)麦・下
猫髭 (文・写真)
「麦の秋」とは「秋は百穀成熟の時であるが、麦は夏日の下に黄熟する。それでかういふ名がある。まだ烈日といふ程でもなく、満目新緑のなかに麦が黄熟するのは美しい。麦秋(むぎあき)」(虚子『新歳時記』)。
「麦秋」をどうして虚子はバクシュウではなく、ムギアキと読ませたのだろう。
というのは、短く鋭い音を好んだ虚子であれば「ムギアキ」という間延びした音韻ではなく「バクシュウ」という締まった音韻を好むような気がするし、何と言っても「麦秋」といえば、昭和26年の小津安二郎の最高傑作『麦秋(ばくしゅう)』(英語名『Early Summer』)がある。個人的には、これが世界映画史上の最高傑作でもある。
詩人の田村隆一も常連だった鎌倉の『映画館』の主、新井勝さんは小津映画を語らせたら左に出る奴はいるかもしれないが右に出る奴はほとんどいないほどの小津は俺のもんだという筋金入りの小津ファンで、わたくしも原節子の紀子三部作(『晩春』『麦秋』『東京物語』)に憧れて、彼女の家の近くに引っ越したほどだから、この二人が『麦秋』の話を始めると、ほとんどセリフも言えるので、今日はどっちの役やる?二本柳寛の息子役、杉村春子のお母さん役、などと、とっかえひっかえ再現シーンを果てしなくやるという映画馬鹿である。それほどこの映画は、ファーストシーンからラストシーンの麦畑まで、間然として見果てることのない映画人の思いが込められている。
虚子は鎌倉を舞台にした小津映画をどう見ていたのだろう。小津も俳句をやるが(艶っぽい俳句を詠む)、虚子とは関わりがなかったのだろうか。わたくしの行きつけの天婦羅屋や呑屋には小津安二郎や小林秀雄や永井龍男などの名前がついた食べ方があるが、わたくしが知らないだけかもしれないが、虚子の行きつけの店は鎌倉で出会ったことがない。小津ファンであれば「麦秋」はバクシュウだが、虚子はムギアキとわざわざ読ませている。まさか、小津に張り合っているわけではあるまいが、いや、案外、虚子は変に見栄っ張りなところがあるから、映画ではバクシュウかもしれませんが俳句ではムギアキです、なんぞと言い張っていたのかもしれない。
それは冗談だが、麦の句は佳句が並ぶ。
麦刈や娘二人の女わざ 鬼城 大正2年
麦秋や頬を地につけて風呂火吹く 泊雲 大正6年
麦秋や病馬厩に吊られ居り 崑山 大正10年
麦の穂はのびて文福茶釜道 風生 昭和5年
たふれたる麦の車の輪が廻る 橋本鶏二 昭和7年
道しるべ多き嵯峨野の麦の秋 倉西雅三 昭和10年
麦の秋夜な夜な赤き月を待つ 池内友次郎 昭和12年
2010年5月28日金曜日
●ホトトギス雑詠選抄〔20〕麦・上
ホトトギス雑詠選抄〔20〕
夏の部(五月)麦・上
猫髭 (文・写真)

紙の様な月が出てをり麦の秋 岡康之 昭和8年
「紙の様な月」というとナット・キング・コールの往年のヒット曲「It's Only a Paper Moon」(1935年)を思い出す。この歌を主題歌にしたライアンとテイタムのオニール親子の演じたピーター・ボグダノビッチ監督の白黒映画「ペーパー・ムーン」(1973年)も思い出す。そうすると三日月にまたがっているオニール親子のポスターを思い出して、この「紙の様な月」は腰掛けられる三日月だと思うだろうが、当時の月齢はわからないが、三日月ではないように思える。
昨夜は那珂湊は小雨が降って月は出なかったが、今朝は快晴。そして今宵は五月唯一の満月なので、五月も末の月は当時も今もそれほどのずれはないように思うので、吉行淳之介の小説『星と月は天の穴』ではないが、今宵はぺらっとした天のカーボン紙に開いた丸い穴ということになる。
朧なる春高楼の月でもなく、秋のひときわ澄んで煌々と照り輝き豊穣の証しとして供え物をする中秋の名月でもなく、青白く小さく凄惨なほどしんしんと月光すら凍てつく冬の月でもなく、はつなつの五月の月を紙の様に薄っぺらな切絵細工のような芝居の書割のように見立てたのが面白い趣向の句である。風渡る芭蕉の葉の上ではなく、「麦の秋」の上であることが、月と秋の対比で、まるで秋の月の書割であるように見える趣向が、これは企みではなく、あるがままに感じたがゆえに「軽み」のある句にもなっている。
秋の月の書割というと、やはり三日月ではないが、掲出句が詠まれた昭和8年は西暦1933年ということに気づいた。It's Only a Paper Moonという歌は、ミュージカルの挿入歌で、ミュージカル自体はヒットしなかったが、この歌が1933年に映画『テイク・ア・チャンス』でジーン・ナイトとバディ・ロジャーズが、
I never feel a thing is real
When I’m away from you
Out of your embrace
The world’s a temporary parking place
というヴァース(歌に入る前の前置きの韻文で「スターダスト」のverseが最も有名)から歌ってヒットし、ナット・キング・コールのヒットにもつながるわけである。「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」も素敵なヴァースを持つが、ミュージカルは忘れられたが、この歌だけは2月14日になると世界中で歌われて残るように、ミュージカルから生まれたスタンダードは枚挙に暇がない。
普通「ペーパームーン」というと、映画「月世界旅行」(1902年)で三日月に座る月の女神がヒットし、そのお陰で三日月に腰掛けて写真を撮ること自体が「楽しい思い出」ということになるが、この映画での月は満月で、二人が乗るのはベニスのゴンドラという趣向で、確かにゴンドラは三日月の形をしているという洒落が効いている。勿論最後はゴンドラの中のキスシーンで、これは「007ロシアより愛をこめて」のラストシーンでもお約束のように出て来る「ペーパームーン」の定番となっている。
作者の岡康之がハイカラな人で、当時のアメリカの流行歌を知っていたとしたら、掲出句の月は、実際には満月だとしても、軽快で楽しいラブソングの三日月が重なるようで楽しい。
Say, its only a paper moon
Sailing over a cardboard sea
But it wouldn’t be make-believe
If you believed in me
写真は、わたくしの郷里ひたちなか市の阿字ヶ浦の海浜公園から那珂湊の間に広がる麦畑である。麦畑の彼方の防風林の向こうは海である。麦畑の畦を雲雀が歩いていた。
岡康之(おか・やすゆき)は虚子の『五百句』に、「御室田に法師姿の案山子かな」に「昭和三年十月二十三日。洛西、岡康之の岳父石井氏邸にて」とあるので、親子で虚子ゆかりの俳人と思われるが、詳細不明。京都の俳人で、インターネットで調べた限りの句は下記の一句のみ。
ふところに山を鎮めの蓴池
(明日につづく)
夏の部(五月)麦・上
猫髭 (文・写真)
紙の様な月が出てをり麦の秋 岡康之 昭和8年
「紙の様な月」というとナット・キング・コールの往年のヒット曲「It's Only a Paper Moon」(1935年)を思い出す。この歌を主題歌にしたライアンとテイタムのオニール親子の演じたピーター・ボグダノビッチ監督の白黒映画「ペーパー・ムーン」(1973年)も思い出す。そうすると三日月にまたがっているオニール親子のポスターを思い出して、この「紙の様な月」は腰掛けられる三日月だと思うだろうが、当時の月齢はわからないが、三日月ではないように思える。
昨夜は那珂湊は小雨が降って月は出なかったが、今朝は快晴。そして今宵は五月唯一の満月なので、五月も末の月は当時も今もそれほどのずれはないように思うので、吉行淳之介の小説『星と月は天の穴』ではないが、今宵はぺらっとした天のカーボン紙に開いた丸い穴ということになる。
朧なる春高楼の月でもなく、秋のひときわ澄んで煌々と照り輝き豊穣の証しとして供え物をする中秋の名月でもなく、青白く小さく凄惨なほどしんしんと月光すら凍てつく冬の月でもなく、はつなつの五月の月を紙の様に薄っぺらな切絵細工のような芝居の書割のように見立てたのが面白い趣向の句である。風渡る芭蕉の葉の上ではなく、「麦の秋」の上であることが、月と秋の対比で、まるで秋の月の書割であるように見える趣向が、これは企みではなく、あるがままに感じたがゆえに「軽み」のある句にもなっている。
秋の月の書割というと、やはり三日月ではないが、掲出句が詠まれた昭和8年は西暦1933年ということに気づいた。It's Only a Paper Moonという歌は、ミュージカルの挿入歌で、ミュージカル自体はヒットしなかったが、この歌が1933年に映画『テイク・ア・チャンス』でジーン・ナイトとバディ・ロジャーズが、
I never feel a thing is real
When I’m away from you
Out of your embrace
The world’s a temporary parking place
というヴァース(歌に入る前の前置きの韻文で「スターダスト」のverseが最も有名)から歌ってヒットし、ナット・キング・コールのヒットにもつながるわけである。「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」も素敵なヴァースを持つが、ミュージカルは忘れられたが、この歌だけは2月14日になると世界中で歌われて残るように、ミュージカルから生まれたスタンダードは枚挙に暇がない。
普通「ペーパームーン」というと、映画「月世界旅行」(1902年)で三日月に座る月の女神がヒットし、そのお陰で三日月に腰掛けて写真を撮ること自体が「楽しい思い出」ということになるが、この映画での月は満月で、二人が乗るのはベニスのゴンドラという趣向で、確かにゴンドラは三日月の形をしているという洒落が効いている。勿論最後はゴンドラの中のキスシーンで、これは「007ロシアより愛をこめて」のラストシーンでもお約束のように出て来る「ペーパームーン」の定番となっている。
作者の岡康之がハイカラな人で、当時のアメリカの流行歌を知っていたとしたら、掲出句の月は、実際には満月だとしても、軽快で楽しいラブソングの三日月が重なるようで楽しい。
Say, its only a paper moon
Sailing over a cardboard sea
But it wouldn’t be make-believe
If you believed in me
写真は、わたくしの郷里ひたちなか市の阿字ヶ浦の海浜公園から那珂湊の間に広がる麦畑である。麦畑の彼方の防風林の向こうは海である。麦畑の畦を雲雀が歩いていた。
岡康之(おか・やすゆき)は虚子の『五百句』に、「御室田に法師姿の案山子かな」に「昭和三年十月二十三日。洛西、岡康之の岳父石井氏邸にて」とあるので、親子で虚子ゆかりの俳人と思われるが、詳細不明。京都の俳人で、インターネットで調べた限りの句は下記の一句のみ。
ふところに山を鎮めの蓴池
(明日につづく)
2010年5月27日木曜日
2010年5月26日水曜日
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