2018年7月31日火曜日

〔ためしがき〕 光景 福田若之

〔ためしがき〕
光景

福田若之


しりとり → りんご → ゴリラ → らっぱ → かぼす → ふくれっ面 → 麻酔銃 → 細胞膜 → シンドラーのリスト → 明鏡止水 → 犬が通る → まさかり担いだ金太郎 → 白いですね → タッカルビ → 今際 → ……

2017/7/13

2018年7月30日月曜日

●月曜日の一句〔河内静魚〕相子智恵



相子智恵






雨上がりのやうなメロンを掬ひけり  河内静魚

句集『夏夕日』(文學の森 2018.6)所収

〈雨上がりのやうなメロン〉とはどんなメロンだろうか。

雨に洗われたような瑞々しい美しさ……はもちろん感じられるのだが、私は雨上がりのムウッと湿った空気の匂いを真っ先に想像した。ウリ科特有の植物の匂いと、夏の雨上がりの湿った匂いとは、言われてみればどこか近い。

〈雨上がりのやうな〉の詩的なたとえを〈掬ひけり〉のスッとした締め方で受けて、繊細な美に傾けてある句だとは思う。しかしながら〈雨上がり〉に内包されるイメージの大きさが、一句の美の振れ幅を大きくし、野太い命を吹き込んでいる。ここに描かれたメロンは単にキラキラと美しいだけではなく、そこに湿った匂いという「生命力」が感じられてくるところが強いと思うのである。

このメロンは、きっと美味い。

2018年7月29日日曜日

〔週末俳句〕四文字ワード 千野千佳

〔週末俳句〕
四文字ワード

千野千佳


先日、テレビ番組で四文字ワードだけでロケを乗り切るという企画を観た。俳句的な企画だと思った。文字制限があるなかで、状況に当てはまる言葉を探すゲームだからだ。

この四文字ワードゲームを実際にやってみた。

ちょうど夫がお風呂から出てきた。

私「あがった?」

夫「うん」寒そうにしている。

私「エアコン」と言ってエアコンを消す。

夫「ありがとう」

私「こちらへ」と言って夫をテーブルへ誘導。

「ビーフン」と言ってコンビニで買ったビーフンのお惣菜のビニールをはがす。

「しずかに」と言って電子レンジの扉を開ける。(先日、電子レンジの扉の開け閉めがうるさいと夫に文句を言われたのであてつけで言っている)

「みそしる」と言って鍋を火にかける。みそ汁が沸騰しはじめたら「いかほど?」と聞く。(先日、みそ汁が熱すぎると夫に文句を言われたのであてつけで言っている)

夫「ごめんねぇ」と笑っている。

私「たこやき?」「まってて」冷凍のたこ焼きをレンジで温める。私「おまたせ」「あおのり」「かけてね」

夫、みそ汁のおかわりを催促。私「もうない」「ごめんね」

テレビで横浜横須賀道路を車が逆走したというニュース。私「よこよこ!」(※横浜横須賀道路の略)

夫、チョコプリンを食べている。私「ひとくち」「ちょうだい」あーん、と口を開ける。「のうこう」「あとひく」「しあわせ」

私「今日の私、なにか変じゃない?気がつかない?」と聞くと、夫「わからない」とのこと。

四文字だけで夫婦の会話は成り立つようだ。

いつもよりジェスチャーや表情が大げさになり、上機嫌にみえたのかもしれない。

このゲーム、単調な毎日に飽きたときにいい。日常生活にちょうどよい課題を与えてくれる。

あるいは苦手なひとと話すときや、気乗りしない飲み会のときにひそかにやってみるといいと思う。「うんうん」「そうだね」「なるほど」などで適当に相づちをうち、四文字ワードを見つけたらテンションが上がって「エイヒレ!」なとど叫んでしまいそうだ。



2018年7月27日金曜日

●金曜日の川柳〔吉田吹喜〕樋口由紀子



樋口由紀子






ガラガラヘビ海に向かって「バカヤロー」

吉田吹喜 (よしだ・ふぶき)

蛇年生まれのせいか、そんなに蛇が苦手ではない。確かに気持ちいいものではないが、その程度である。夫は大の蛇嫌いで蛇に出会うと普段の10倍ぐらいの速さで逃げる。相性が悪いのかもしれない。

ガラガラヘビが海に向かって「バカヤロー」と叫ぶわけがないから、叫んだのは作者だろう。「バカヤロー」と叫びたいことがあっても、そんな事は微塵も感じさせないで生きていくのが生きていくということだと作者は思っている。だから「ガラガラヘビ」に身代わりをしてもらった。ではなぜ「ガラガラヘビ」なのか。ガラガラヘビは蛇の中では大柄である。そういえばと思い当たる節がある。ガラガラヘビは危険が近づくと尾を急激に振って、「じゃあ」とか「じい」とかの独得の音を発する。その「ガラガラ」の音に自分に重ねているのかもしれない。「おかじょうき」(2017年刊)収録。

2018年7月26日木曜日

●木曜日の談林〔松尾芭蕉〕黒岩徳将



黒岩徳将








わすれ草菜飯につまん年の暮 芭蕉
 

『江戸蛇之鮓』より。延宝六年作。「わすれ草」は甘草のことで、薬性が人の憂いを払うとされる。句意はなんてことはなくて、わすれ草を摘んで菜飯にして、年の憂さを忘れてしまおうということだ。「わすれ」の連想だけど句を捉えると、あまり面白さも見いだせない。『芭蕉全句集』(角川ソフィア文庫)には、京の千春・信徳を迎えた三吟歌仙の立句とある。気になるのは、角川ソフィア文庫には「菜飯」に「なめし」と振り仮名が振っているのに対し、桜風社のものには「なはん」とあり、注には、『芭蕉盥』に「ナハン」の振り仮名がある。とある。

ナハン、の方があっけらかんとして、一年を忘れられそうな気がする。