2022年8月28日日曜日

【名前はないけど、いる生き物】 お天気 宮﨑莉々香

【名前はないけど、いる生き物】
お天気

宮﨑莉々香

チュッパチャプスあ、と、うん、溶けてゐる花火
君の眼鏡の中の世界に蟻や嗚呼
指にさきざき泉のなかのさびしさは
太陽は壊れながらにすべりひゆ
シャツリネンお天気の横ぎつた萩 
噛むことのつまらなくなる百合の花粉
鵠沼海岸思ひだせない菊に風
蔦をこぼれたそれが愛だつたのだらう
むかし武蔵野お別れの青い桃
ひぐらしや小さな部屋で足を掻く


2022年8月26日金曜日

●金曜日の川柳〔榊陽子〕樋口由紀子



樋口由紀子






流し台にあるいい銃悪い銃

榊陽子 (さかき・ようこ) 1968~

最初はアメリカの家庭風景を詠んだものかと思ったが、どこかへんである。それに銃に「いい」「悪い」と区別をするのもおかしい。家庭の流し台に銃があるという「アブナサ」と、「いい」「悪い」と区分する「アブナサ」が乱反射する。線引きを施こすことであぶりだされてくるものがある。日常生活に虚構性を無理やり押し込んで、無理やりが一句に厚みを出す。あたかもそんな日常がすぐ目の前にあるかのように、底の知れない恐ろしさを漂わす。

ためらいも力みもなく、言葉で常識の範囲を軽々とはぐらかしていく。あっさりと表現しているようなふりをしながら、さりげなく大きなものに立ち向かっている。よく見える目で冷静に鋭く、そしてしたたかに世界を見ている。深い批判精神がある。

2022年8月22日月曜日

●月曜日の一句〔三輪初子〕相子智恵



相子智恵







水旨き国に生まれて墓洗ふ  三輪初子

句集『檸檬のかたち』(2022.7 朔出版)所収

墓参りの際に墓石に水をかけ、雑巾などでゴシゴシと水洗いする〈墓洗ふ〉のことを、特段考えてみたことがなかった。〈水旨き国〉が出てきて、そういえば他国では墓掃除はどんなふうにするのだろう、と思った。もちろん宗教によるので、国内外問わず様々だろうが、考えてみたら水で墓石を丸ごと洗い清めるのは、傍から見たら新鮮に見える行為なのかも、とも。

〈水旨き国〉の「国」は日本だろうし、日本の中の、さらに故郷の土地の意味で使われているのだろう。水がおいしい国は、墓を洗う水もおいしいわけで、それは墓に眠る先祖への何よりのごちそうなのである。

2022年8月19日金曜日

●金曜日の川柳〔西澤葉火〕樋口由紀子



樋口由紀子






二人乗りしても結婚しなかった

西澤葉火 (よしざわ・ぱぴ) 1964~

誰の後ろに乗っていたのか、どこを走っていたのかはもう忘れたけれど、「二人乗り」という言葉で遠い昔にそんな初々しい青春が私にもあったことを思い出す。自転車の荷台から落ちないように、しっかりと前の人の背中につかまっている姿は相手への信頼も愛情もマックスである。

しかし、二人乗りしただけでは結婚はしない。二人乗りしたぐらいで結婚するなら、世の中はもっと単純で簡単になる。一方、二人乗りしたから、この人と結婚するかもしかもしれないとちょっと思ってしまうところもある。人のおかしみ、かわいさ、ヘンさ、滑稽さ。そこをうまく突く。なんともばかばかしいことをわかって書いている。『「らくだ忌」第一回川柳大会作品集』(2022年刊)収録。

2022年8月15日月曜日

●月曜日の一句〔半澤登喜惠〕相子智恵



相子智恵







芋蔓を食べしが長寿の先頭に  半澤登喜惠

句集『耳寄せて』(2022.5 金雀枝舎)所収

芋の蔓まで食べていたというのは、戦中のことなのだろう。重い内容だが〈長寿の先頭〉に俳味があり、精神の強さを感じさせる。きっとたくましく、ひたむきに生きてきた作者なのだ。本書の中には他にも〈戦中の少女は傘寿豆の花〉〈軍馬飼料の草刈りし日よ黒き手よ〉という句もあった。奥付によれば作者は1931年生まれの91歳だから、傘寿の句は10年ほど前に詠まれたものかもしれない。

そういえば角川「俳句」2022年7月号の三村純也氏の句の中に、〈春愁や戦後生まれも喜寿となり〉という句があった。三村氏の句には〈戦後生まれの会、「野分会」を立ち上げしより幾年ぞ〉の前書きがある。「野分会」は俳誌「ホトトギス」の、戦後生まれの若手を育てる研鑽句会で、1977年に故・稲畑汀子氏と三村純也氏が始め、今も続いている。こちらは汀子氏追悼の一句である。

戦後生まれは77歳になり、戦中の少女は91歳になった。終戦の日が終戦の日であり続けるためには、想像力をもつことがますます大切になるのだと、ひしひしと感じる。