2012年5月31日木曜日

●コモエスタ三鬼31 高きより

コモエスタ三鬼 Como estas? Sanki
第31回
高きより

西原天気


映画『第三の男』(キャロル・リード監督/1949年)の観覧車のシーン。悪党ハリー・ライムは、地上をはるかに見下ろし、行き交う人を指して、「あの小さな点が動かなくなっても、それで大金が手にはいるなら、気にはならないだろう?」(大意)とうそぶく。闇で捌いているペニシリンが原因で人が死んでも、知ったことではない、というわけ。

高いところに登ると、人が虫のように小さくなる。人をひねり潰すことには罪悪感を感じても、虫なら、感じない。高所はしばしば神の視座となる。




穀象の群を天より見るごとく  三鬼(1947年)

数十センチの眼下ではあっても、三鬼の視座は「天」のものだ。

三鬼は悪党ではないが、悪党的な達観は、しばしば句に現れる。オーソン・ウェルズの演じたハリー・ライムも、三鬼も、なかなかの伊達(ダンディ)。


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2012年5月30日水曜日

●バター

バター

パンにバタたつぷりつけて春惜む  久保田万太郎

山に星バターナイフの涼しかり  矢口 晃〔*〕

金塊のごとくバタあり冷蔵庫  吉屋信子

〔*〕『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より

2012年5月29日火曜日

●ペンギン侍 第43回 かまちよしろう

連載漫画 ペンギン侍 第43回 かまちよしろう

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つづく


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2012年5月28日月曜日

●月曜日の一句〔鳴戸奈菜〕 相子智恵


相子智恵








ふつつかな雄鶏といる短夜の
  鳴戸奈菜

句集『永遠が咲いて』(2012.4/現代俳句協会 現代俳句コレクション1)より。

「短夜の」と、一句に続きがあるような終わり方が印象的だ。

どことなく柿本人麻呂の和歌「あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」を思い起こさせる。「雄鶏」と「山鳥」、「短夜」と「長々し夜」あたりのイメージと、「の」でつながっていくような感じからである。一句をそのまま読んでも俳味があって面白いし、和歌とイメージを比べて読んでみても、また面白い。

人麻呂の和歌は「ひとり」だが、こちらは気が利かない雄鶏と一緒に過ごす、夏の短くて明けやすい夜だ。夜だから雄鶏は夜目がきかず、動作がさらにおぼつかないのだろう。不器用な雄鶏があわてているようで、「ふつつか」に愛嬌がある。

そんな雄鶏といる「短夜の」の続きがどうなったのか、気になって仕方がない。続きが気になる俳句、というのもめずらしい。下の句をつけて遊びたいような句だ。

2012年5月27日日曜日

〔今週号の表紙〕第266号 黄色のばらの花@文京区。 藤田哲史

〔今週号の表紙〕
第266号 黄色のばらの花@文京区。

藤田哲史



個人的な話であるが、「ばらの花」と聴くといつも僕はくるりの楽曲を思い出す。澄んだ鍵盤の音からはじまる歌。知っている人は、知っている。知っていない人も、聴いてみればわかる。知らない人は、youtube にでも。

ついでに言えば、その曲の詞に「ジンジャーエール気が抜けて」という部分があって、「ばらの花」と聴くと、ジンジャーエールのことも思い出す。「ばらの花」と言えば?ジンジャーエール。とりわけ、ウィルキンソンの、舌がびりびりする位辛いやつ。



最近は、くるりをあんまり聴いていない。久々に聴いてみるか。


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