2013年4月10日水曜日

●水曜日の一句〔宗田安正〕関悦史




関悦史








移り来し個室枯野を前にする  宗田安正

句集『個室』(1985.12 深夜叢書社)は、宗田安正の中学時代に始まる結核療養から、生還して大学入学を果たし、句作から一度遠ざかるまでの作を集めた、いわば若書きに当たる句集だが、全編にわたって顕著なのが、モチーフの実存性と文体の端正さの併存である。

事態の深刻さに酔って叫ぶでもなく、表現の正確さが自己目的化するわけでもない。

およそあらゆる陶酔から遠い、流れるものではなく、嵌め込まれるものとしての言葉。

その寸分の狂いもない寄木細工のような、しっとりとした硬さ、重さに裏打ちされた明視性が、この時期の宗田安正の句の魅力の根底にある。

結核療養中の句であることは章ごとに付けられた前書きで明示されており、「個室」は病院のそれである。枯野は当然、患者たる語り手の前途を象徴していよう。それが単なる心情の重くれに転落しないのは、物と場所の位置関係(及びその変化)のみを指し示していく、この文体の力あればこそである。

というよりもむしろ事態は逆で、過酷な生を持ちこたえるために要請され、練磨されたのが、この文体だったのだ。そしてそれは、実存の深みを内包しつつも、それを物質の硬さ、重さと位置関係とが形作る緊張へと転換しさることで、無駄のないモダニズム建築にも似た美感を句にもたらすことになった。

他の句にもそうした原理は染み透っている。切れ字が用いられず、動詞の終止形で終わる句が多いが、その背後にはそうした曲折が潜んでいる。

  誰も降りぬ駅街燈が桜照らす

  コンクリートの岸のかたきに蝌蚪は寄る

  双眼鏡にて遠泳の頭をとらふ

  死ににゆくごとし沖へ沖へ泳ぐ

  水餅の重なり合ひて声たてず

  衆目の中寒泳の処女上がる

  デパートの冬の屋上猿を飼ふ

  木枯の地平少女の胴細る

  昼寝して身の裡側を知り尽くす

  雪原の見えぬところに翳生ず

  寒き夜の地震畳の目がつまる

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