2013年12月4日水曜日

●水曜日の一句〔高野ムツオ〕関悦史



関悦史








落葉溜りあるべし日本海溝に  高野ムツオ

なぜこんなことを推量したのかわからないが、個人的な心情の暗喩ではないだろう。そう思わせるのは落葉が一枚ではなく複数が溜まっているからである。

落葉が海底に達することはあるのかもしれないが、日本海溝となると隔絶の度合いが尋常ではない。

報われず、かえりみられない民族的規模の集団の運命といったものを思わせるが、そこにある感情は、悲しみとも、人知れず身を寄せ合っての安寧ともつかない、少々名状しがたいものだ。

三島由紀夫が武田泰淳に評される体験を「引導を渡される」と表現して、彼岸的な価値観に照らし出され、泣きたいようなありがたいような何とも言えない気持ちになる独特の体験とどこかで語っていたように思うが、この隔絶した深海に積もる落葉も、片がつかないものを抱えつつ、異界独特の安らぎに照らされているような気もする。

そして列島のすぐ脇に、そういうタンギーの絵のような静かな生気と超現実味を持つ深い裂け目が走っていることを急に意識させられるのだ。

東日本大震災以前の作。


句集『萬の翅』(2013.11 角川学芸出版)所収。




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