2015年3月24日火曜日

〔ためしがき〕 『ザジ』と「第二芸術」 福田若之

〔ためしがき〕
『ザジ』と「第二芸術」

福田若之


桑原武夫「第二芸術――現代俳句について」(1946年発表。本稿での引用は桑原武夫『第二芸術』、講談社、1976年に基づく)について考えることは、いまだに意義のあることに違いないし、その限りで、僕らもまた戦後を――あるいはもはや戦前かもしれないけれど――生きているに違いないと思う。

ただ、よく話題になる、「専門家」と「普通人」の句を混ぜると優劣がつかないというくだり(16-19頁)については、いまさらの感がある。桑原は、俳句は彼のまわりの「同僚や学生など数人のインテリ」には優劣が分からないと言っているに過ぎない。ここで彼らをわざわざ「インテリ」と呼称するところに、桑原の議論の弱さがかえって露呈しているように思う。インテリのサロンで通用しなければ芸術ではないというなら、そんな偏狭なインテリや偏狭な芸術はくだらない。なにより、桑原が仲間うちで通じ合うものだけを「芸術」と認めるというのなら、桑原の「芸術」も、桑原から見た「俳句」と似たようなものだ。

そこから先の議論で桑原がついに現代俳句を「第二芸術」とみなすに至るまでの積み重ねを読むと、それが秋桜子に対する絶対的な信頼に基づいていることが分かる。俳句は実作者にしか理解できないということ(19-20頁)、俳句は近代的な生を表現できずに自然の模倣に終始するということ(28-29頁)、俳句は他のジャンルの芸術の方法に依存しているということ(29-30頁)――現代俳句を第二芸術と位置づけることについて、芸術形式の実質に関わる根本的な理由として提示されているのは、要約すればこれら三つのことがらであるように読めるが、この三つのことがらを桑原が事実として提示できるのは、秋桜子の文章にそのように書いてあるからにすぎない。だから、僕としては、問題はどちらかといえば秋桜子の俳論にあるのではないかと考える。

現代俳句を「第二芸術」と呼ぶに至るまでの桑原の議論から、秋桜子に由来するこれらの箇所を除くと、芭蕉崇拝と結びついた俳壇の党派性およびアカデミズムやマンネリズムの問題が残される。たしかに、僕らは未だに、意識的にも無意識的にも〈芭蕉以後〉の書き手として書かざるをえないだろう。でも、それは盲目的な崇拝ではない。僕らに芭蕉に対する畏敬の念があるとすれば、それは、僕らが芭蕉を崇めているからというよりは、むしろ、僕らが芭蕉に祟られているからといったほうがよいだろう。さまざまのこと思ひ出す桜かな。ほら、桜の木の下には屍体が埋まつてゐる!

こんなふうに、僕らはとりたてて〈芭蕉以後〉であるだけではない。それこそ、たとえば〈桑原武夫以後〉でさえある。僕らは、現在読みうるあらゆるテクストの以後にいる。書くことを引き受けるのは、いつだって、百代の過客のしんがりにいる者にほかならない。

   

ところで、あの「第二芸術――現代俳句について」と名付けられた文字の蛇は、文庫本にして二ページ半のやたらと長い足を持ってるってことを忘れちゃいけない。そこで展開されるのは、文化国家建設のためには第二芸術を若干封鎖しなければならないっていう主張だ(31-33頁)。ここで、あえてザジ的な言い回しをすんなら、文化国家ケツくらえ、って気分になる。どうしてここで唐突にザジがでてくるのかって?

桑原は、こんなふうに書いてる。
〔……〕私はフランス滞在中、インテリの会話さらに下宿の食卓の談話にすら、下手な付合いに劣らぬ言語の芸術的使用を認めることがよくあった。ところがフランス人はその巧妙な言葉のやりとりを楽しんではいるが、これを芸術などとは夢にも思っていない。彼らは芸術というものをもっと高いものと考えている。だからこそ芸術の尊重がある。フランスに生活したことのある人なら、そこではエクリヴァン〔フランス語 ecrivain ものを書く人、著述家〕という言葉が民衆によっていかに敬意をもって発音せられるかを知っているだろう。民衆は芸術を味わう、しかしこれを手軽に作り得るものとは考えていないのだ。日本ではどうか。芸術がこのように軽視されてきたのは、もとより偉大な芸術家の少ないためでもあるが、俳句のごとき誰にも安易に生産されるジャンルが有力に存在したことも大きな理由である。(32頁)
この桑原のフランスをひっくり返すのが、レーモン・クノー『地下鉄のザジ』(1959年)ってわけだ。とはいえ、もちろん、『ザジ』のパリによって「第二芸術」のフランスに対する偏見を暴くとか、そういうことをしたいわけじゃない。そうじゃなくて、『ザジ』のパリと「第二芸術」のフランスには、それぞれのテクストが従っている芸術観がよく表れてて、好対照をなしてるようにも読めるから、『ザジ』から、「第二芸術」に対するひとつの答えを引き出せるんじゃないか、って話。

まず、口語体のエクリチュールの書き手であるクノーのこの小説の大部分は、まさに、登場人物たちの気の利いた言葉のやりとりでできてる。それは必ずしもいわゆる「高尚な」やりとりじゃない(なにしろ「けつ」だ)。おうむのラヴェルデュールは他の作中人物たちに「おしゃべり、おしゃべり、おまえにできるのはそれだけ」って言葉を繰り返し浴びせかける。これはもちろん、おうむ自身がそーゆーふーな奴だってことについての自己言及でもある(ラヴェルデュールは人にそう言われ続けてこのフレーズを覚えてしまったに違いにないんだから)けど、同時に、この小説がそーゆーふーにできてることについての自己言及でもあるだろう。もちろん、『ザジ』の芸術性を会話だけに還元してしまうわけにはいかないけど、この小説が、日常会話に芸術の輝きを見出してることは間違いないと思う。

ザジの伯父さんのガブリエルは、生活のために、チュチュを着てゲイの集まるクラブで踊ってんだけど、どれほどばかにされたって、胸を張ってそれを芸術だと主張しつづける。彼には芸術家としての自負がある。『ザジ』を読むとき、僕はそのガブリエルの思いに惹かれる。たしかに、ガブリエルの芸術だって、桑原にとっての「芸術」と同じで、誰にも手軽にできるってもんじゃない。でも、それは桑原の言う「芸術」よりも、人々のずっと近くにある。っていうかむしろ、『ザジ』のパリでは、人々が芸術っていうひとつの状況のなかに置かれてるって感じがする。

もし国家のために芸術を枠づけるってんなら、俳句だけが第二なわけじゃない。桑原が「文化国家において、芸術の尊重とその一般への普及の必要なることはいうまでもない。しかし、新しい文化は芸術中心的に構想されるべきではなく、また尊重普及されるべき芸術の芸術性の理解がまずなければならない」(31頁)と書くとき、彼は文化国家に対して芸術全体を第二の立場に置いちまってる。まるでプラトンみたいに。芸術の価値を広い意味での模倣の問題から語りがちなとことか、桑原はプラトニズムっぽいとこがある。けど、人はどうして、国家と芸術とを縦に重ねて置きたがるんだろう。どうして、人々じゃなくて国家を芸術に触らせたがるんだろう。芸術は国家の重たいけつを支えるためにあるわけじゃない。パリで「ナポレオンケツくらえ」って言うんだって芸術だ。

芸術を、ふかしんのせーいきから、びじゅつかんてきなこーしょーさから、解き放つこと。地下鉄を地下からひっぱりだすこと、もしくは、それと知らずに地下鉄に乗っちまうこと。 そのあとで、芸術を第一とか第二とか言っても、なんかむなしいじゃんか。

2 件のコメント:

ペドロ さんのコメント...

第二芸術論は桑原自身が若書きを認めているように雑と言えば雑ですが、意外と重要なポイントもついていて、たとえば秋桜子の言も、俳句の実質的な鑑賞者はほぼ100%実作者であろうことを考えるとやっぱりジャンルとしての否定しがたい特殊性があるように思います。それが俳句のせいなのか、結社のせいなのかはわかりませんが。

U.J. さんのコメント...

>俳句の実質的な鑑賞者はほぼ100%実作者

「句会という場には投句しなければ参加できない」という不思議な前提を
多くの句会などが設けているせいもあるかもしれませんね。

鑑賞だけを楽しみたいという人に
どう門戸を開くべきか…