2019年8月5日月曜日

●月曜日の一句〔行方克巳〕相子智恵



相子智恵







立志伝すぐに晩年緑濃き  行方克巳

句集『晩緑』(朔出版 2019.8)所載

立志伝とは「志を立てて、苦労と努力の末に成功した人の伝記」だから、苦労と努力の部分が短くて、すぐに成功した晩年になってしまう立志伝というのはあっけなくて滑稽味があって、一読、面白いと思った。だがじっくり反芻してみると、この句はそういうことを描いているのではないのだろう。

大河ドラマに出てくるような歴史上の偉人でも、市井の一個人の自叙伝でも、たいていの立志伝というのは、苦労や努力の部分が長く詳細に描かれる。そこにこそドラマがあり、面白いからだ。

つまり、立志伝そのものがすぐに晩年になるように書かれているわけではなく、これは立志伝を「読んでいる速さ」を描いているのだろう。「楽しい時間はあっという間に過ぎる」という、あれである。苦労し、困難を乗り越える努力の物語は確かに面白い。

もっと言えば、立志伝を読む立場すら越えて、この句を読むひとり一人のもつ小さな立志伝ともつながってくる句なのだと思う。理想を志して突き進み、挫折したり、乗り越えたりする若い時というのは、渦中では苦しいけれど、あとから考えてみると「苦労しながらも、あの時がいちばん活き活きして楽しかった」とか、「あの時の自分があるから今がある」と懐かしむような気になったり、時には実際よりも美化したくなる気持ちに往々にしてなるものだ。

現代は「長い晩年」に向き合わなければならない時代だ。この句は普遍的だが、現代において〈すぐに晩年〉は妙にリアルな気もする。〈緑濃き〉という季語に充実感があり、まだ枯れていないのも、現代的な「長い晩年」をそこから感じ取ることができる。

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