2020年12月4日金曜日

●金曜日の川柳〔根岸川柳〕樋口由紀子



樋口由紀子






窓、しばらく鼻を遊ばせる

根岸川柳 (ねぎし・せんりゅう) 1888~1977

「鼻を遊ばせる」とはまるで犬を原っぱで遊ばせている飼い主のようである。たぶん、同じような心境なのだろう。車窓か、ショウウィンドウか、ぼんやりと映る顔を見ていて、遊び心が湧いてきて、鼻をぴくぴく動かしたのだろう。

鼻は紛れもなく自分の鼻で、自分の意志で動かしているのだが、窓にうっすらと映る顔は自分のものであっても、自分ではないようで、つい気を許して、いろんなポーズをしてしまう。特に鼻は最も油断できる、安心のパーツである。普段決して人には見せないような顔をあれこれとしている。その様子を思い浮かべると可笑しくなる。作者は眼光の鋭い、かなり気難しい人だったらしいが、茶目っ気のある、照れ屋さんだったのだ。「窓、」の表記は当時としはかなり斬新で、窓に敬意を払っているように感じる。『考える葦』(1959年刊)所収。

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