樋口由紀子
月がきれいで戦争を思い出す
島村美津子 (しまむら・みつこ) 1930~
今夜はニュームーンであるらしい。中年の頃までは月にそれほどの関心がなかったのに、近ごろは月を見るために庭に出ることが多くなった。「で」は理由、原因を示す助詞である。月がきれいに見えたなら、今の幸せ、平穏で、平和の方を思ってしまう。しかし、作者は戦争を思い出す。戦争を深刻さに言わずにじわりと思い出させる。地上は悲惨極まりなかったけれど、戦時中も今夜のようにきれいな月だったのだろう。
戦争をくぐり抜け、自分は今こうして生きていて、月を愛でることができる。そのしあわせに感謝しつつも、戦争で亡くなった人たちを偲んでいる。月は華やかではないが、きりりとしていて、憂いを帯びている。生きている限り戦争のことは忘れないという姿勢がうかがえる。『われもこう』(2020年刊)所収。
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