相子智恵
すかんぽ噛み野にこぼしゆく名のひとつ 迫口あき
すかんぽ噛み野にこぼしゆく名のひとつ 迫口あき
句集『玉霰』(2021.1 青磁社)所載
すかんぽ(酸葉:すいば)は懐かしさを感じさせる季語だ。私は小学校の帰り道、畦道に降りてすかんぽを齧って帰ったこともあるけれど、今は衛生意識も変わり、道端の草を噛む子どもなどほとんどいないのではないか。どんどん詠まれなくなっていく季語のひとつかもしれず、懐かしさもさらに増してゆくのだろう。
掲句、すかんぽを噛みながら野を歩いている。〈野にこぼしゆく名〉は誰の、あるいは何の名前なのかはわからない。口中に酸っぱさを感じながら、先を行く友の名前を呼んだのかもしれないし、〈こぼしゆく〉のささやかな感じからは、ひとりきりですかんぽを噛みながら歩いていて、頭の中から誰かの名前がふいにこぼれ出たのかもしれない。
名前の主を限定しない茫洋さと、〈ひとつ〉というかけがえのなさが同時に存在する。それが〈すかんぽ噛み〉の行為と相まって、読者を忘れかけていた懐かしい子どもの頃の世界に引き込んでいく。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿