西鶴ざんまい #87
浅沼璞
其道を右が伏見と慟キける 打越
朝食過の櫃川の橋 前句
老の浪子ないものと立詫て 付句(通算69句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】 三ノ折・裏5句目。 雑。 立詫て(たちわびて)=述懐。
波―川(類船集)。 乞食(コツジキ)―橋の辺(類船集)。
【句意】「老いの波を受け、(世話になるべき)子どもすらないものを」と悲嘆に暮れて(物乞いをしている)。
【付け・転じ】前句の旅の朝景色に、老いた乞食の述懐を描出した転じ。
【自註】世間の「食過(めしすぎ)」を請けて、此の句は袖乞(そでごひ)に仕立てたる付けかたなり。櫃川の*よせに「老の波」と出し、年寄たる者に子ない身の行すゑをなげきし有様を一句に仕立つ。**世の人心、捨てかねたる命ぞつらし。
*よせ=付寄せ。 **世の人心(ひとごゝろ)=遺稿集『西鶴織留』(1694年)の副題。
【意訳】世の「食事時を過ぎた頃」を受け、この句は(「食」つながりで)乞食に仕立てた付け方である。櫃川(という水辺)の付け寄せに「老の波」と出し、老いて子のない人の、身の行末を嘆いた有様を一句に仕立てた。世間の人の心(を思うに)、死なれぬ命ほどつらいものはない。
【三工程】
(前句)朝食過の櫃川の橋
袖乞の身の行末を嘆いては 〔見込〕
↓
袖乞の子なく老いしと立詫て 〔趣向〕
↓
老の浪子ないものと立詫て 〔句作〕
朝食過ぎの橋のたもとに乞食の嘆きを見出し〔見込〕、〈どのような悲嘆か〉と問うて、「子もないままに老いて」と物乞いの科白とし〔趣向〕、水辺の付として「浪」の一字を加え、さらに「袖乞」の抜けとした〔句作〕。
〈捨てかねたる命ぞつらし〉は晩年の西鶴的表現かと思うんですが。胸算用にも〈貧にては死なれぬものぞかし〉とありましたよね。
「あるけどな、晩年になってからやないで。一代男でもな、北のサカタいう港のな、夜鷹を描いてな、〈死なれぬ命のつれなくて〉と筆をふるったオボエがあるで」
ちょっと待ってください、一代男、山形の酒田……巻三の六にありますね。ああ、ここだ、〈我が子を母親に抱かせ、姉は妹を先に立て、伯父・姪・伯母の分かちもなく、死なれぬ命のつれなくて、さりとは悲しくあさましき事ども、聞くになほ不憫なる世や〉。
「それそれ、夜鷹の家族を描いたんやで」
なるほど、一代男からのテーマだったんですね。
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