
西原天気
舞ふブロンドの髪のサラダよ星条旗 攝津幸彦
《舞ふ》という動きが《ブロンドの髪》だけでなく、座五《星条旗》にまで掛かり、ペタッと平面ではなく、風にはためくさまが目に見える。そこのところが、まずこの句の主成分。
それにも増して《サラダ》。《サラダ》が全体の明度や肌理を調整して、この句を叙景でもなく、事柄の描写でもなく、あざやかな塑像として成立させる。このときの《サラダ》は隠喩でもなく、よくよく考えれば見立てでもない。《ブロンド》と《星条旗》というありがちで安定的なセットに割って入るに、いっけん順当なようでいて、そうでもない。異物感が残る。そこが肝心なのだろう。句が、絵ではなく立体(それこそ「塑像」)として仕上がり、妙味が尽きません。
ところで、星条旗と聞いて、思い浮かべるものはもちろん人によって多様。極東に生まれて暮らす私は、例えば、ジミ・ヘンドリクスのウッドストックでのあの圧倒的な演奏(≫動画)。米国人が The Star Spangled Banner と聞いて思い浮かべるものもきっと多様。何億ものべつべつの想像・連想があって、それこそが象徴たる国旗の作用なのだろう。だから、掲句のこの座五は、そこまでの措辞を定着・念押しするものであるように見えて、茫洋たる多様へと広がっていく作用でもあるようなのですよ。
掲句は第二句集『鳥子』(1976年)所収
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