2026年6月3日水曜日

●西鶴ざんまい#97 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #97
 
浅沼璞
 

 神軍春の丸雪におどろかせ  打越
  小車の錦八重の幕串    前句
 伽羅割の捺忘れ行く野は暮て 付句(通算79句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・裏1句目=折立。雑。
伽羅割の捺(きやらわりのなた)=香木を割る鉈。

【句意】
香木を割る鉈を忘れた(野遊びの後の)野原は暮れていく。

【付け・転じ】
神軍の錦や幕串を、女官たちの野遊びのそれと取成した転じ。

【自註】
*見わたせば都はにしきの幕うちて御所の女中の野あそび、**萩も薄も手折りて***捨草となれり。万のむしを追ひまはし、しどもなく日を暮し、今朝とは替り、道いそぐ風情、姿まばらになつて足音高く爰を立ちて、かへさの跡を、其の里の子、千種わけ行くに、つかひ捨てし楊枝に伽羅割の道具を取りおとされし。

*見わたせば都は=〈見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける〉(素性法師・古今集)
**萩も薄も=自註では秋の設定だが、付句では雑。
***捨草(すてぐさ)=抜き捨てた草。無用物のたとえでもある。

【意訳】
「見渡せば……」の古歌のとおり錦の幕を張り、禁中の女官たちの野遊び、萩も薄も手折って無用のものとなる。さまざまな秋の虫を追い回し、わけもなく一日過ごし、(往路の)今朝とは違い、帰路は急ぐ様子で、姿もまとまりなくばらけて足音を高く響かせ、ここを出て、その帰った跡を、村里の子供らが雑草を踏みわけて行くと、使い捨てた楊枝に、伽羅割の道具まで取り落とされたようで。

【三工程】
(前句)小車の錦八重の幕串

  見わたせば御所の女中の野あそびか 〔見込〕
     ↓
  しどもなく野あそびしては道いそぎ 〔趣向〕
     ↓
  伽羅割の捺忘れ行く野は暮て    〔句作〕

前句の錦や幕串を女官たちの野遊びのそれと取成し〔見込〕、〈どんな一日か〉と問うて、わけもなく乱雑な様子を描き〔趣向〕、挙句の果てに「伽羅割の捺」を忘れた、その夕景をクローズアップした〔句作〕。

【テキスト考察】
1686年刊『好色五人女』巻一ノ三には当世(江戸時代)の野遊びが描かれており、ここでも里の子が出てくる。時代設定は違っても、「野遊び→里の子」の流れは西鶴の好みであったのだろう。
原文を引いておこう。

「但馬屋の一家(=姫路のとある商家の女たち)、春の野遊びとて、女中籠つらせて、(中略)松も若緑立ちて、砂浜の気色、またあるまじき詠めぞかし。里の童子、さらへ手毎に落葉かきのけ、松露(しようろ)の春子を取るなど、菫・茅花を抜きしや……」

松露とは、海辺の松林に生える食用キノコ。

そういえば本作・独吟百韻33句目〈色うつる初茸つなぐ諸蔓(もろかづら)〉の自註にも地元の子供たちがキノコ採りをする描写があった。