イージーアクション
中嶋憲武
目覚めるとテレピン油の匂いがした。イーゼルに二十号のカンヴァスが架かっている。夕べ、描きかけで眠ってしまったらしい。アルバイトから帰ってきて、イーゼルの前に座り、つづきを始めたのだけど疲れていたのだろう。寝てしまったのだ。嫌な客がいた。わたしはバニーガールのアルバイトをしている。同席は無いが、飲み物を持って行ったとき、お客と軽く会話をすることがある。その客は、わたしの胸の谷間をみて、ひどく下劣な言葉を吐いた。わたしはその客が最も嫌がるであろう一言を低く言った。客は血相を変えて、わたしに掴みかかろうとした。その時、間に入ってきたのがシズオ君だった。シズオ君はその名の通り静かな物腰で、わたしの非礼を詫びた。客の怒りが収まると、何事も無かったかのようにフロアーに戻った。シズオ君はわたしのダビデだ。いつかシズオ君の裸身を描いてみたいと思っている。
スカイセンサーのスイッチを入れた。黒沢久雄がスカシた喋りで曲を紹介している。ジャカジャカジャカジャカジャン、ヘイ!ヘイ!ヘイ!ああT・レックス。甘ったれたダックスフンドがキャンキャン鳴いて駈けずり廻っているような音楽。日曜の朝の、もう昼に近いけれど、気分は台無し。階下からシチューの匂いがしてきた。母のシチューは絶品だ。下へ行ってごはんを食べようか、カンヴァスに向かって課題を仕上げてしまおうか。来年は四年だし就職の問題もある。就職?美大生を雇ってくれるところなんて、あるんだろうか。フランスにでも行ってしまおうか。取りあえずバニーを続けようか。うるさいよ、マーク・ボランってば。もうちょっと寝よう。
お腹が空いたので、下へ降りてシチューとトースト。下でも同じラジオ番組を聞いていた。ギルバート・オサリバンのアローン・アゲインね。まあ許せる。シズオさん元気?出し抜けに母が聞いた。シズオ君に一回家まで送ってきてもらったことがある。一目見て、母はシズオ君が気に入ってしまったようだった。シズオ君もあとで、自分はたいてい人に気に入られるのだと言っていた。シズオ君のそんなちょっと尊大なところがいい。逆三角形の体もいい。この居間のテーブルに全裸で立ってもらって、わたしがデッサンする。でも何て言って頼んだらいいか。弟は、そんなわたしには目もくれず、テレビジョッキーを観ている。
2011年11月22日火曜日
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