2014年11月24日月曜日

●月曜日の一句〔鴇田智哉〕相子智恵



相子智恵







ひだまりを手袋がすり抜けてゆく  鴇田智哉

句集『凧と円柱』(2014.9 ふらんす堂)より

写生句である。けれども俳句として立ちあがった言葉からは、作者が描いた風景を読者が自分の経験に照らして脳裏に再現することはできない。現実であるのに抽象的で不思議な世界が開けているからだ。それでも、写生の質感、感覚は十分に残っている。いわゆる写生句とは違う、不可逆的な「超写生」とでも言いたくなる句だ。

〈手袋がすり抜けてゆく〉とあるが、手袋をした「人物」は、おそらくいたのだろう。手袋をじっと見つめたことで人物は消え去り、手袋だけが浮かび上がる。ほかに冬の句でいえば〈棒で字が書かれてゆきぬ冬の暮〉〈靴ふたつその上にたちあがる冬〉などという句もあって、手袋からも棒の先からも靴からも、主体の人間はふっと消えている。主体がその痕跡を残しながらも消えている「透明な句」が本句集にはいくつもあって、それが喪失感と不思議な安らかさをもたらしている。読んでいるうちに、心がひたひたと現実から遥か遠いところまで流され、いつのまにか淋しく、うす明るく、穏やかな場所に出ている。そんな稀有な読後感の句集である。

掲句は〈ひだまり〉が暖かくて、たとえばこの手袋が毛糸の手袋だとしたら、喪失感がありながらも優しい、やや屈折した童話のような手触りがある。

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