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2026年7月10日金曜日

●金曜日の川柳〔加藤久子〕八上桐子



八上桐子





魂が腐る手前のれんげ畑  加藤久子

肉体ではなく、魂が腐る。人としての感受性や希望、生きる力を失いつつあるのでしょう。そして、その手前に現れるのが、れんげ畑。

無邪気だったころの記憶を呼び覚ますれんげ畑が、さいごの拠り所であり、微かな希望として広がっています。

注目したいのは、助詞の「が」。「が」は、音の濁りを避けて、なるべく使わないようよう教えられます。

この句では、「が」の音の持つ、濁りや重さ、粘り気が、魂の色、匂い、質感が傷みはじめている切迫感を生んでいます。

廃船が歌いだすまで草毟る

潜水艦が急に近づく花の冷え

妹が乾かしてゆく合歓の花

アンソロジーの100句中、8句に「が」が使われていました。単に助詞としてだけでなく、触感やイメージにもしっかり働いています。

『現代川柳の精鋭たち』 (2000年 北宋社)

2026年6月12日金曜日

●金曜日の川柳〔天谷由紀子〕八上桐子



八上桐子





櫛の歯は等間隔で逃げられぬ 天谷由紀子

手に取った櫛の歯の等間隔を意識したとき、まるで檻のようなその内側に閉じ込められている自分を発見したのだろう。

この句は、誰(なに)が、どこから逃げられないのか書かれていない。窮屈な社会や組織、家庭のことかもしれないし、櫛の歯自身としても読める。

作者本人のことと読んだのは、句集のなかに、どこか危うい状況を冷静に書きとめた作品が多いせいだ。

おはじきと鍋の間にある扉

満月になるまで鉛筆を削る

ひなげしが折れないように受話器おく

目に映るこの世界の歪みと、そこにいる私を淡々と見つめている。

石には石の力があって、ぎゅっと握りしめると安心するように、折々にひらいてしまう句集なのだ。

『白いみしん』 (2001年/私家版)