
八上桐子
魂が腐る手前のれんげ畑 加藤久子
肉体ではなく、魂が腐る。人としての感受性や希望、生きる力を失いつつあるのでしょう。そして、その手前に現れるのが、れんげ畑。
無邪気だったころの記憶を呼び覚ますれんげ畑が、さいごの拠り所であり、微かな希望として広がっています。
注目したいのは、助詞の「が」。「が」は、音の濁りを避けて、なるべく使わないようよう教えられます。
この句では、「が」の音の持つ、濁りや重さ、粘り気が、魂の色、匂い、質感が傷みはじめている切迫感を生んでいます。
廃船が歌いだすまで草毟る
潜水艦が急に近づく花の冷え
妹が乾かしてゆく合歓の花
アンソロジーの100句中、8句に「が」が使われていました。単に助詞としてだけでなく、触感やイメージにもしっかり働いています。
『現代川柳の精鋭たち』 (2000年 北宋社)
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