2026年9月16日水曜日

●西鶴ざんまい #103 浅沼璞

 
西鶴ざんまい #103
 
浅沼璞
 

 同じ京の水に替りの水さびて 打越
  河骨慈姑迄もちりの世   前句
 人質に我くらからぬ五月闇 付句(通算83句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】
名残ノ折・表7句目。夏(五月闇)。
人質=相手に約束を守らせる保証として、捕えておく相手側の人。
我くらからぬ=自己肯定の心情。「世こぞつて濁れり、我ひとり清めり」(西鶴『生玉万句』序。古文真宝後集・漁夫辞からのサンプリング)。

【句意】
人質の私に、(池の面の)五月闇のような後ろ暗さはない。

【付け・転じ】
萎れた水草から罪人を連想し、そのせいで人質となった自分の疚しからぬ心を以て転じた。

【自註】
身に罪ある人は、おのづから水草の花のしほるゝごとし。人質に曇りもなき身をとられし、其の心がら、すこしもくらからぬ思ひ入れを、五月闇と付けよせしは、池の面の夏げしきいはん*心行なり。今時は、すこしの前句を種とし侍る。

*心行(こゝろゆき)=後述【テキスト考察】参照。

【意訳】
身に罪ある人は、自然と水草の花の萎れるようなもの。(かたや)人質として疚しからぬ身を捕えられた(自分の)その心模様、すこしも後ろめたさのない感情を(あえて)五月闇と付けよせたのは、池の水面の夏景色を言おうとする心持である。今時は、ちょっとした前句(の心)を種とするのです。

【三工程】
(前句)河骨慈姑迄もちりの世

  自ずから萎るゝごとし罪びとは 〔見込〕
     ↓
  人質に曇りなき身をとられたる  〔趣向〕
     ↓
  人質に我くらからぬ五月闇   〔句作〕

萎れた水草から罪人を連想し〔見込〕、〈自分が人質になったとしたらどうか〉と問うて「曇りなき身」と表現し〔趣向〕、夏の池の景として「五月闇」をあしらった〔句作〕。

【テキスト考察】
ここの心行については乾裕幸氏による簡潔な解析があるので、以下に抜粋しておく。

「河骨」にも「慈姑」にも「ちりの世」にも付かぬ疎句体であるが、人質として疚しからぬ心の内を〈くらからぬ五月闇〉として付寄せることによって、前句との間に、水草の生い出た〈池の面の夏げしき〉のイメージを浮かびあがらせている(中略)河骨・慈姑などの生い出た池の面を「五月闇」であしらうことによって、付合の論理性を獲得したとも言いうるこうした方法が、まさに《心行》なのであった。とすると、これはもはや《うつり》と呼んでしかるべきものではあるまいか。
『芭蕉と芭蕉以前』(新典社、1992年)

ここで乾氏のいう《うつり(移り)》とは、前句との付肌の調和を計る付合技法。例の芭蕉の、匂い・響き・走・位などを包摂する概念・方法にほかならない。しいてはそれが元禄疎句体そのものであった、として最早誤らないであろう。談林から元禄体への流れを介して西鶴・芭蕉の俳諧が晩年に接近したことは今榮蔵氏にも指摘がある(通算33句目、本稿参照)。〈「談林から蕉風へ」の標語は「談林から元禄風へ」といいかえる方が正確である〉とまで今氏は述べている。

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