2011年11月4日金曜日

●金曜日の川柳 樋口由紀子


樋口由紀子
  







わたくしがすっぽり入るゴミ袋


新家完司 (しんけ・かんじ) 1942~

近頃のゴミ袋は大きくなった。人間一人ぐらいはやすやす入りそうである。人間もゴミもたいした違いはないのかもしれない。私も用が済めば、ゴミのようにこの世から消えていく。

川柳は発見と認識の文芸でもある。平易に平明に書かれているが、人の存在そのものを問うているように思う。自分も含めて人とはなにものなのだろうかと考えさせられる。

新家完司は一貫して現実を詠む。彼は現実のくだらなさやつまらなさを知っている。だからこそ、現実を見つめて、人の豊かさを探し求めている。〈横丁を曲がれば住所不定なり〉〈岬から先はあの世でいつも明るい〉『平成十年』(私家版 1998年刊)

2011年11月3日木曜日

●文化の日

文化の日

草の戸や天長節の小豆飯  正岡子規

菊の香よ露のひかりよ文化の日  久保田万太郎

明治節乙女の体操胸隆く  石田波郷

うごく大阪うごく大阪文化の日  阿波野青畝

2011年11月2日水曜日

●ガム

ガム

首吊りにみとれてガムを踏んじゃった  江里昭彦

かなかなかな別れるときにくれるガム  中山美樹

にっぽんチャチャチャもう味のしないガム  なかはられいこ


2011年11月1日火曜日

●角川俳句賞受賞作品一読

角川俳句賞受賞作品一読

野口 裕


久しぶりに角川「俳句」を購入した。昨日、大阪に所用があり、その帰りの電車でうつらうつらしながらの読書だったのであまり読めてはいないのだが、とりあえず角川俳句賞の「ふくしま」(永瀬十悟)を読んでみた。賞は、かなり偶然が左右する世界だと思っているせいか、それほど違和感がなかった。おもしろいと思った句

  蜃気楼原発へ行く列に礼  永瀬十悟

ちょっと前に見た「ブリーチ」だったか「ナルト」(愚息の要望に応えて見に行ったが、もともとそういう世界に疎いのでごっちゃになっている)に、死者の群れがシャボン玉のように消えていくラストシーンがあった。後日読んだ、「ゲド戦記」最終巻に似たシーンがあったので、その援用だろう。その映像を思い出した。同じ趣向の、

  陽炎の中より野馬追ひの百騎  同

の方が出来上がり具合はすっきりしているが、やはり句の迫力は蜃気楼の方が上回っている。この句、蜃気楼が夢幻世界のような現実世界のような不思議な雰囲気を醸し出している。「礼」が私の趣味には合わないが、それはそれとして、句にいちゃもんを付けるほどのことではない。

ここまで書いてきて、この感想は原発事故のあるなしに関係なく成り立つなあと気づいた。俳句とはそういうものなのかも知れない。