2010年3月16日火曜日

●コモエスタ三鬼10 君よ頓服をもて眠れ

コモエスタ三鬼 Como estas? Sanki
第10回
君よ頓服をもて眠れ

さいばら天気



「カタカナは使っちゃいけない」「固有名詞はダメ」と、2010年現在の俳句世間にも、いろいろと「べからず」集を並べ立てる人がいらっしゃるようです。人が好きで遊んでいる俳句に、ごじゃごじゃと、世話を焼きたがるのは、いったいなぜ?と、私などは思ってしまいますが。

アダリンが白き軍艦を白うせり  三鬼(1936年)

アダリンは、ブロムジエチルアセチル尿素の商標名。催眠・鎮静薬の一種。白色。粉末やシロップで服用したようですが、白いアダリンで白い軍艦を白くする。念の押し方がおもしろい句です。「水枕ガバリと寒い海がある」をもたらした熱病と同じ熱病の時期に、この「アダリン」と句も生まれたと思しく、「病気と軍艦」5句中の一句(『旗』収録)。

戦前、アダリンは、日常的に使われていたらしく、芥川龍之介「病中雜記」(『文藝春秋』1926年所収)にも、その名が見えます。
月餘の不眠症の爲に〇・七五のアダリンを常用しつつ、枕上子規全集第五卷を讀めば、俳人子規や歌人子規の外に批評家子規にも敬服すること多し。「歌よみに與ふる書」の論鋒破竹の如きは言ふを待たず。小説戲曲等を論ずるも、今なほ僕等に適切なるものあり。こは獨り僕のみならず、佐藤春夫も亦力説する所。
アダリンを媒介に三鬼→龍之介→子規と繋がった。

ま、それはともかく、俳句にアダリンの語を使うことが、当時、どの程度ユニークだったか。推し量るのは難しいけれど、挑戦的(いわゆるチャンレンジング)だったことは察しがつきます。

通りのいい薬品名といえば、昭和ならヒロポン、時代を下って、ケロリン、キャベジン(どんどんポエジーから遠のきますね)。今なら何でしょう。一方、漢字表記は俳句との相性がよく、仁丹、龍角散、正露丸あたりは、俳句でよく見かけます。

ところが、いま「アダリン」と言われても、ピンと来ない人が多い(私は知らなくて調べました)。このへんが「べからず」の根拠のひとつでしょうか。やがて賞味期限がやってくる、という。

けれども、みながみな「100年経っても愛誦される句」を野望するわけでもない。それどころか、その日、目の前の読者にさえ、なかなか届かない。



さて、この句、詩的成分がやや過多にも思いますが、奇妙に気持ちに引っかかる句です。白、白、白。

句集では数句うしろに登場する、この句…

松林の卓おむれつとわがひとり  三鬼(1936年)

この「おむれつ」の黄色と、アダリンの白い句が響き合い、奇妙な作用を起こすのです。

おむれつの句は「恢復期」5句の冒頭句。白から黄へ、三鬼は恢復に向かった。黄色って、ちょっと元気の出る色だと思いませんか。たまごに滋養があることを置くとしても。

(つづく)

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