樋口由紀子
きかんこんなんくいきのなかの「ん」
佐藤みさ子 (さとう・みさこ) 1943~
「帰還困難区域」は福島原発事故で放射線量が非常に高く、帰ることができなくなった地域である。とても住めるところではない。そこで人々は原発事故以前ごくふつうの日常生活を送っていた。
「ん」は何を意味するのだろうか。「ん」はひらがなの最後の文字。五十音図やいろは歌には出ない仮名である。行き止まりである。「ん」は不条理の表明だろうか。あれほどの事故なのに誰も責任を問われない。
「ん」があろうとなかろうと実はどうでもいいのかもしれない。ただそう言って、きょとんとさせ、まぜっかえすことで「きかんこんなんくいき」が「在ること」を確認し、露わにしていくことが作者の願い(狙い)だったように思う。それは原発事故は何だったのかという問いかけであり、怒りである。「きかんこんなんくいき」と整理整頓して、取り纏めても済まないものがあることをあらためて思う。〈おわりだとわかっていたが帰宅する〉〈とりかえしのつかない猫をどこに置く〉〈「かけがえのない」のあとには何が来る〉 「MANO」20号(2017年刊)収録。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿