2019年10月3日木曜日

●木曜日の談林〔西鶴・西吟〕浅沼璞


浅沼璞








鵜の首をしめ出しに逢ふ恋の闇   西鶴(前句)
 小舟の篝越るはしの子      西吟(付句)
『西鶴五百韻』第一(延宝七年・1679)

西鶴俳諧というと独吟連句のイメージが強いけれど、大坂談林との一座も少なからず残っている。

この五吟五百韻を収録した『西鶴五百韻』もその一つで、西鶴が編集、水田西吟が版下を担当。
ともに宗因門で、のちに西吟は『好色一代男』の版下・跋文によって世に広く知られることとなる。

そんな二人の息のあった付合。
前句――「鵜の首をしめ」と「しめ出し」は掛詞になっている。鵜飼の鵜のように恋の闇に締め出されるイメージ。

付句――「闇」に「小舟の篝」とくれば、謡曲『鵜飼』(注1)のサンプリングとわかる。「はしの子」は梯子のことで、「恋の〆出し」との付合語(俳諧小傘)。鵜飼舟の篝火で恋の闇路を越える、そんな梯子のイメージ。

鵜飼の付合と、恋の闇の付合が混交し、談林らしいカットアップとなっている。


じつはこの九月上旬、長良川の鵜飼舟を初体験。

あいにく雷雨だったけれど、そのせいで篝火の強さを知った。
終盤、つぎつぎと川に篝を沈める光景には息をのんだ。
雷光の川面にわきたつ嘆声と煙。
いやでもあの名句がうかんだ。

おもしろうてやがてかなしき鵜舟哉   芭蕉(貞享五年・1688)

これも謡曲『鵜飼』(注2)のサンプリングだけれど、ここに恋の闇の文脈を加えたなら、「おもしろうてやがてかなしき」両義性がいや増しに増すであろう。


(注1)鵜舟にともす篝り火の 後の闇路をいかにせん」「鵜舟の篝り影消えて 闇路に帰るこの身の 名残り惜しさをいかにせん」(新潮日本古典集成)

(注2)「鵜使ふことの面白さに……鵜舟にともす篝り火の 消えて闇こそ悲しけれ」「罪も報ひも後の世も 忘れ果てて面白や……月になりぬる悲しさよ」(同上)

なお連歌寄合集『連珠合璧集』によると「後の世の酬」と「恋死」は寄合語との由(同上)

0 件のコメント: